決死の潜入取材 | ホーチミンシティにいます ー タビハツヅク ー

ホーチミンシティにいます ー タビハツヅク ー

アラフィフ独身リーマン
30過ぎに地元の愛知(三河地方)から転勤して関東の半都会生活が10年間ほど、今のベトナムは三ヶ国目で海外生活が10年以上になっています
大沢たかおが沢木耕太郎の『深夜特急』の世界観をリーマン人生でも実現したい男の日々を書き綴ります


OINT ダイアリー (横浜編)


 小雨の降る中、俺は気配を消すかのように駅に背を向け通りを早足で歩く。4月末とは言え栃木県北部はまだ肌寒い、雨粒がポツッポツッっと頭皮に刺さるように降るのがわかる。まぁ小雨は悪くない、そのせいで人目から避けられるのが好都合だ。

 「ここだな、店名は○○だが、地元で“ケンカ食堂”と呼ばれる中華屋は」俺は店先に路駐された黒いワンボックスカーの背後から遠巻きに店とその周辺を窺った。左の階段、上の部屋、右のわき道、そして背後、どうやら見張りはいないようだ。それどころか店内には明々と電気がつき、丸見えの様相だ。なんだこの状況は?あまりにも無防備だ、これは罠なのか??とにかく突入口は正面の出入り口しかないはずだ。人目の少ない店の裏手に通用口は確かにある、長年の勘というやつか、妙な気配を感じそこから近づくのは諦めた。


 二人の男の影が俺の前を横切った。とっさにワンボックスカーの影に身を潜めた。「ふぅ、危なかった」こんなところで騒ぎを起こせば二度と突入契機がなくなる。男達をやりすごし再び店内を窺うと60歳前後の女の姿が見える。「あれが店主の妻だな、店主より迫力と勢いがあると事前情報があるから要注意だ」、その女がこちらに背中を見せ奥の方に向かった瞬間「今だ!」俺は一気に正面入り口に近づいた。「やばい!!」、のれん下から歩き方からだけでも大柄とわかる男二人がこちらに歩いてくるぞ!俺は咄嗟に体を反らし、間一髪で二人をやり過ごした。焦らせやぁがって、一般人だったか。それにしても今回の案件は特に危険な臭いで満ちている。


 拍子抜けする程に店内に入り込むのが簡単だった。まずは店内を見回す。「見張りの目はない、さて、どこに陣取るべきか」背後の誰も座らず、すぐに退散できるよう入り口に近いカウンター席に呼吸を整えてから座った。


OINT ダイアリー (横浜編)


 パッと見の店内は整然としている・・・カウンターやコショー瓶とかは長年の油でベトベトのようだ。厨房にいたっては昔のハエ取り紙のような色になっている。んんっ、調味料類の周辺を見ると、妙な張り紙に気づいた。お店からのお願いが書いてあるぞ。“たくさん注文すると憶えられないからメモに書いて下さい”、“字が小さいと読めないので大きく書いてください” これは何か事を起こすための暗号か?


 俺は次にメニューに目を通した。この価格帯はなんだ!ラーメン¥350、チャーハン¥450・・・レバニラなど定食類であっても¥650だぞ、それにしても安いな。こうなるとビール1本¥600がやたらと高く感じるのは俺だけでないはずだ。


 スタッスタッ、スリッパと床が擦れる音をさせながら女が右背後が近づいてくる。まずは身構え、ゆっくりと振り向いた。だるぅ~い声で「何にしますか?」と聞いてくる。俺はこの女がすごい形相で「ではチャカにしまぁ~すかぁー」とピストルが突きつけられることを想定し戦闘態勢に入ったが・・・考え過ぎだった。ただ注文をとりたいだけだった。それにしても奴らの動きが鈍すぎる。


 油でベトっとしたメニュー表を手に持ち、注文の品を決める。今日のチーランはバーソーだったな、ならば麺類は避けたい。そこで五目ハンチャーとタンワンを頼んだ(ここでの“ハンチャー”は半チャーハンでなく“チャーハン”となる)。女は何も返事をせず厨房に「五目とチャーハン」と投げ伝えた。主人と思われる男は何も返事をする訳もなく、それを聞いてダラダラと冷蔵庫から幾つかの材料を取り出し始めた。


 女も厨房に入りを料理をし始めたぞ、意標をつかれて先回りされたか!それは心配し過ぎたようだ、どうやら主人はラーメンなどの汁物、妻はチャーハンなどの焼き物を担当しているようだ。女がフライパンのご飯をお玉で崩し始めた頃だっただろうか、女が旦那と思われる男に言った「ワンタンはまだだよ!何度言えばいいんだよ!」男も切り返す「いいじゃねぇか、うるせぇなぁー」キターーーーーーーーーーーーーーこれが地元でケンカ食堂を呼ばれる所以か。女がチャーハンを皿に盛り終えお盆に載せ、何かを言った「ウゥ」、どうやら「ワンタンを載せろ」と言っているようだ。そして男はそっぽ向きながら「ツィッ!」と言いワンタンのどんぶりをお盆に荒っぽく置いた。


 「はーい、お待たせしましたぁ」、女が厨房でのやり取りを感じさせない、程よい愛想で配膳してきた。これは何か罠なのか?さっきまで厨房でぶっきら棒だったはずなのだが客の前ではそれなりの対応だ。この女も娑婆(しゃば)では一客商売人ってとこなのだろう。


       OINT ダイアリー (横浜編)

 チャーハンはまぁいい、なんだこのワンタンは!ラーメンどんぶりに大入りだぞ。まずはワンタンから実食。ルーシーはまるっきりラーメン、悪くない。だがワンタンが問題だな、具はほとんどなく、正確には“ワンタン皮プースー”を言えよう。それにしてもワンタンがダラダラだぞ!そうか、女が「ワンタンまだ・・・」と男に言った意味がようやくわかったぞ。チャーハンの出来上がりに合わせずにフライングして作り出し、明らかに茹ですぎているのだ。どうやらケンカの原因は男のほうにあるようだ。ワンタンを総評で言えば、葱は切り立てで風味がよく、この量で¥300なら悪くない。ただし男の作り方に課題があり、安定した味は望めないから要注意だな。

 続いてチャーハンを実食。プンスーで一掬い、口に近づけると独特な臭いが鼻を伝わるのがわかる。これは典型的なマイナス要因だ!おそらく肉や野菜を何度も油通した油を使っているのだろう。とにかく食材のコゲた臭いが油を経由してチャーハン全体に移っている。

 各具材は少々荒っぽい大きさに切り刻んであるが、適度な大きさと火の伝わり加減で平均点超えだろうか。アドバイスをすれば油を新しい物に買え、適度に多めなうまみ調味料、そして中華だしを入れれば味はオリンピックレベル、「気持ちいい、超気持ちいい!」に到達できるはずだ。


 俺はワンタンのルーシーだけは飲み残してしまい他は全てを平らげた。ラーメンの麺より多いと思われるワンタンの皮の量、俺の胃袋は完全に満たさた。これまた(油で)茶色がかった画面でテレビニュースをぼんやりと見ながら一休みをした。まずい、これは罠か!この満腹感で俺を眠らせようとしているのか!この満腹感による睡魔は睡眠導入剤を飲まされたと同等だ、スリーピィ。俺の意思に反してまぶたがトロォーンと落ちてくる、俺は最後の力を振り絞りまぶたを押し上げた。んん、あの男と女がいない!ヤバイ、この店内のオイニーでさえ脂ぎっている中に閉じ込められたのか!思い込みだっか、男と女が厨房や店内の片付けをしているの見えなかっただけだったのだ。


 「ごちそうさん!」、「はい、ありがとうございました、¥750になります」と女と俺のありがちな会話があった。小銭はあったが¥1000札を出して相手の出方を待つ。つり銭で目を狙われるかと思ったが何事もなくつり銭¥250が出された。


 いったい俺はこの店に何をしに来たのだろうか。そんな自問自答は数回繰り返えされた。心の中で「ごちそうさん、ラーハーはプクマンだよぉ~、あばよ!」と言いながら、これまた脂ぎったのれんをくぐり店の外に出た。妙に静かだ、最後の最後に何かが待ち伏せているのか、全身の感覚を研ぎ澄まして周囲の気配を感じ取るが何もない。


 入店したのは8時過ぎ、この時間だと店内はガラガラだ。おそらくお昼や夕方の込み合う時間では男と女のボルテージが上がり、カンバスエーションファイトが聞けるはずだ。次回はそんな時間に突入取材を決行しようと思う。


 俺は空腹で歩いた道を、今度は隠し切れない満腹の腹を向けて駐車場に戻るのだった。また来るぜぇ、ごちそうさまだぜぇ~☆