ホーチミンにいます ~ タビハツヅク ~

ホーチミンにいます ~ タビハツヅク ~

アラフィフ独身サラリーマン
30過ぎに地元から転勤して関東の半都会生活が10年間ほど、それからは海外生活で今のベトナムが三ヶ国目10年以上になっています。
大沢たかおが沢木耕太郎の『深夜特急』の世界観をリーマン人生でも実現したい男の日々を書き綴ります☆

 

 はじめてバンコクに来たのは今から30年くらい前、東南アジアの熱気と活気を衝撃的に感じたことを今でも鮮明に覚えています。

 

 確かその当時は電車(BTS)は建設中で、バンコクの空の玄関口はドンムアン空港でした。

 

 最近の日本の若者がバンコクに来たら高層のビルやマンションが郊外まで立ち並ぶ大都会に驚くはずで、当時の自分とは真逆の印象でしょう。

 

 

 さて、30年前に自分が感じた東南アジアの活気は、今ではミャンマーより西の南アジアにしかない気がします。

 

 相変わらず自分の旅のカタチは大沢が沢木の『深夜特急』で、今のバンコク市街地にはそのカタチはほとんどありません。

 

 

 まだまだ東南アジア各国には日本人が忘れてしまった活気や熱気、のん気までもがあり、そして驚きもあります。

 

 それらを存分に味わうにはタイよりベトナム、ベトナムよりインドとか南アジアだと思います☆

 

 ベトナムもこの時期は連休となり、25日(土)か30日(木)から今週末3日(日)までがGWです。

 

 南アジアへ旅行に行きたいなぁと年明けから思っていましたが、近場でゆっくりすることになりました。

 

 去年のベトナムGWはは精神的にも大変だったので静養していた記憶です。

 

 

 さて、最近は「銀河鉄道999」をユーチューブで繰り返し観ています。

 

 999を自分がはじめて見たのは小学生の頃、子供心に大人のロマンを感じ、今では逆に童心に返っています。

 

 当時と今では登場人物の印象、ストーリーの理解までもが異なり、その世界観の素晴らしさを改めて感じています。

 

 

 「銀河鉄道」の呼び名に壮大な旅を感じ、ガンダム的に「宇宙特急」だったら夢も希望も感じないでしょう。

 

 主人公の鉄郎は永遠の命が欲しくてその手段が機械の体になること、その旅の案内人がメーテルです。

 

 メーテルの服は喪服と言われ、死に別れた若者達への弔い、その若者達は惑星アンドロメダの構成部品にされました。

 


 

 大人が観れば幸せとは?欲とは?人生とは?命とは?人間の全てを考えさせてくれます☆

 ベトナム人と転職の話しが度々あり、みなさんそれぞれの考え方があっておもしろいです。

 

 それぞれと言っても10人いれば3、4通り、考えていることに大差はありません。

 

 

 さて、「無職でお金はないけど、前の会社のストレスがなくて嬉しい」と言った知人がいました。

 

 自分は「それが嬉しいは危険、マイナス要因が無くなっただけ、プラスではなく実際は±0だよ」と言いました。

 

 例えば病気だって治れば嬉しいけど、病気はない状態が当たり前で、それが普通で±0のはずです。

 

 

 彼らと話していて思うことは、比較的若いせいか異業種、経験のない職種への転職に戸惑いがないことです。

 

 働く価値と価値観の明確化、さらに業界、業種や職種に一貫性を保つようにと、こんな自分が生意気にアドバイスします。

 


 

 職歴や経歴がバラバラで転職回数が多くても一貫性を見つけ、それを強みにする転職を応援しています☆

 

 10年ほど前の転職の機会に買った腕時計、それから実家で10年近く時を刻めずに眠っています。

 

 この腕時計は「プアマンズ グランドセイコー」と言われることがある中位ブランドですが、それくらいが自分は好きです。

 

 このプアマンズ 〇〇、ポルシェやロレックスなどの低価格帯や廉価版のモデルを揶揄する言葉ですよね。

 

 

 コロナ前の一時帰国は、経由便であればビジネスクラスを使うことがありました。

 

 それはプアマンズ ビジネスクラスと言えて、航空券価格は直行便のエコノミーとビジネスの中間くらいでした。

 

 古い機体で座席はプレエコに毛が生えた程度、食事はエコノミーのを量増し再盛り付けした感じでした。

 

 

 そんなプアマンズ ビジネスはほぼなくなり、今ではLCCのビジネス的?クラスがあります。

 

 ベトジェットのセントレア便に座席だけでも快適なビジネスがあれば迷わず利用するでしょう。

 


 

 そんな考え方ばかり…プアマンズ 〇〇の思考から抜け出せない相変わらずな自分で情けない☆

 少し前に屋台でチャーハンを食べていたら「何かあるぞ?!」と気づき、それは折れたプラ製スプーンの柄でした。

 

 

 さて、東南アジアで特に屋台とかで何かを食べれば、たま~~~に「何かある!」があります。

 

 小さめのGが入っていたことが過去2回あり、その時はすぐにお勘定をして立ち去りました。

 

 自分は今では髪の毛くらいでは何も驚かず、取り除いてから普通に食べています。

 

 

 自分が異物より気になるのは配置や盛り付け、ご飯茶碗と味噌汁お椀、主菜や副菜などのお皿です。

 

 日系店で茶碗が右でお椀が右奥、魚が右向きで出されることがあって「次回の来店はないな」と思うことがあります。

 


 

 「創作料理でもあってはならないこと、見かけるたびに同じ料理人として悲しい」と聞くことがありました☆

 久しぶりに会った知人から最近の日本の給料問題を聞き、それは東南アジアでも以前から問題になっています。

 

 その問題とは、初任給が入社数年の社員とほとんど変わらない場合があることです。

 

 初任給の引き上げが定期昇給を上回るほどになり、その是正が追いつけないことが主な原因のようです。

 

 

 さて、ベトナムの物価上昇率は毎年4%前後と言われ、自分の日常生活でもそれくらいを感じています。

 

 たまに昼に食べる屋台のベトナム麺は、今年2月テト後に+5,000ドンで35,000VNDになりました。

 

 これは販売価格の改定、是正や適正化と自分は理解し、値上げと思えばお店の人にとても失礼です。

 

 

 「パンが無ければケーキを食べればいい」とマリー・アントワネットが言ったのかは知りませんが、それは一理あります。

 

 「米を高いと思えば、スパゲティーとか乾麺を食べてみては」ではないでしょうか。

 


 

 足りない環境では人間は知恵を絞って協力し、勇気を出して物事に取り組めるので、きっと乗り越えられます☆

 今年は変化の多い1年になっていて、プライベートでも引っ越し、日本の実家の片付けなど環境が変化します。

 

 変化には変化で対応してきた自分なので、何事もなるべく変化する方を選んでいくつもりです。
 


 さて、比較的若いベトナム人達と話す機会があり、若い人の言うことはおもしろい!と改めて思いました。


 自分は物事に効率と改善を考え、彼らの言うことは合理と革新を思わせ、そんな思考のギャップを感じました。


 職歴には「TikTokで〇〇〇人フォロワー数増を達成」や「インスタ立ち上げ」とあり、なるほど今風だなぁと思いました。

 

 

 駅前リーマン居酒屋にいる環境と境遇までもが同じ奴らに居心地の良さはありますが、いずれはしみったれて傷をなめ合うでしょう。

 

 どう生き残るのか?住む場所や交友関係だって特に問題なくても意識して変化させる代謝が大切と考えています 

 10年もベトナムにいて"相変わらず"はもうありませんが、今もベトナム料理が苦手で好んで食べることはありません。

 

 あのバインミー(ベトナムフランスパンサンド)でさえ年1回食べるくらい、しかも誰かからもらった時です。

 

 苦手な理由は、ベトナム醤油と牛の出汁の風味と味、内臓肉が多いことです。

 

 

 さて、本当に美味しいベトナム麺を食べればハマるかな?と思い、先日も繁盛店へ行きましたがダメでした。

 

 在ベト10年となって今さら克服と言うか、もうベトナム料理を好んで食べる必要はありませんね。

 

 

 ほとんどの麺類が苦手ですが、ご飯系はおかずしだいなんで結構コムチュア屋台で食べています。

 


 

 パクチーとか香草もダメで食の楽しみが半減していますが、やっぱりダメのものはダメです☆

 この時期になると、また今年も同じようなことを書いています。

 

 

 さて、東南アジアでも特に日系企業に関わりがあれば、春は出会いと別れの季節です。

 

 2、3月は別れ、3、4月は出会いが多くなり、それは必要で意図的な人材の循環だと自分は思います。

 

 4月からの学校に合わせて帰任する人が少なくなく、家族が先に帰って単身赴任になる知人がいます。

 

 

 人の入れ替え=循環は会社にとって重要なこと、悪い状態ではなくても組織の持続性を目的にした新陳代謝です。

 

 飲食店も同じで常連さんの循環は大切、意図して常連の入れ替えは店の継続に必須です。

 

 そんな入れ替えの循環による新陳代謝は、知人や友人との交友関係にも場合によっては必要です。

 

 

 10年目の自分のベトナム生活に特別なことはありませんが、「よく10年も続いているなぁ」と思うことがあります。

 

 こんな自分でも4月からは少しは新鮮な気分で働き、そして暮らしていきたいと思います☆

 大変な状況になっているお客さんと話す機会があり、その時にふと思い出した言葉がありました。

 

 「例えば毎日10個しか売れず会社は厳しい状況、なぜ20個、さらに100個を売ろうとするのか?」

 

 「そんな時は8個を売る、数を減らす考え方をしてください」と比較的若い頃に聞いた外国人上司からのアドバイスでした。

 

 

 さて、とやかく言う自分も結局は昭和と平成の思考と行動から今も抜け出せていません。

 

 その昔、ワープロはパソコン風に、ガラケーをスマホ風へ…今となっては"化"ではなく"風"レベルですね。

 

 仕組みが変わろうとしている時期に実績があって有利な立場であっても現状にしがみついた失敗例は多くあります。

 

 

 あの感染症の時もそうでした、近所の感染者、発表される感染者数や日本語で理解してない英語を使って騒ぐ人がいました。

 

 自分は「新型コロナ、では旧型は?、スペイン風邪など感染症の歴史は?ウイルスとは?」と自分なりに安心を調べていました。

 

 愚者は経験(自分)から学び、賢者は歴史(他人)から学ぶ、なんて有名な格言があります。

 

 

 世界の経済や技術に変化を起こしてきた日本は過去の話、今では変化を起こされ、受け止めるのが精一杯です。

 


 

 イギリス病があってサッチャー政権の登場、失われた30年を含めて日本の長期低迷が日本病と言われることがあります。

 

 政策、政治にも性別は関係ないと考える自分ですが、日本病からの高市政権に期待したいです☆