昔、家の事情ってやつで、京都に住んでいた。
京都のおばさんの家で育ててもらった時期がある。
思春期に居候をさせてもらったので、
家の生活リズムの違いや、考え方の違いに、強いカルチャーショックを受けた。それで、反発もした。
でも、時間が経つにつれ、その反発していた『もの』は、素晴らしいものばかりだと気づき、憧れた。
おばさんの家の中は、いつもきちんと掃除、整理整頓されており、ゴミが転がってるところさえ見たことが無い。
毎日決まった時間に帰宅し、お風呂をはり、おじさんが先に入っている間に、おばさんがご飯を作る。
おばさんがお風呂に入っている間に、おじさんはビールを飲み、おばさんが上がってきてからご飯を食べる。
そしてご飯がすんだら、最後にコーヒーを飲みつつ、新聞を読み、おじさんは21時頃に就寝。
週末も朝はいつも通りに起床して、昼間をちゃんと満喫して過ごす。
そんな毎日が続く。
普通なのかもしれないけど、両親が夜の仕事をしていた私には、その規則正しい生活が美しく思えた。勿論、いまは自分の両親も、負けないくらい必死に私達の為に働いてくれていたとわかったが、14歳には、サラリーマンの生活がキラキラして見えた。
多分、私の理想の家庭だ。
おじさんは、現場系の仕事なのに、クラシックが好き。
おばさんは、本とボランティアと子どもが好き。
結局居候したのは1年半だったが、その後も二人は私を気にかけ続けてくれていて、お世話になり続け、大学卒業の時に、ある約束をした。
大学卒業と同時に、それまで住んでいた所から、4月から入社する会社の近くへ引っ越すことにしたのだが、私には敷金礼金分の金等なかった。
そこでおばさんが貸してくれた。
私は、おばさんに、
「ボーナスが出たら返すね。一回じゃ終わらないけど、何回かにわけて返すからね。」
と約束をした。
おばさんは、
「ゆみのボーナスを貰えるんやね!そのときにじゃあ顔見せがてらに遊びにおいで。」
と笑って、喜んでくれた。
多分、おばさんにしたら、お金を返す事なんて問題でなく、きっと規則正しい生活を愛するおばさんには、順調に幸せになっていく私の姿を見られることが嬉しかったのだと思う。
しかし、新卒で入った会社は甘くなかった。
入ったときに既に経営は破綻状態で、先輩社員さんは、今月の給料は出るのか?と心配していた。
残業当たり前、休日返上で1年半働いても、ボーナスなんて、5万くらいのが一回出ただけで、あとはなかった。
その会社を辞めてから、私はずっと派遣社員。
ボーナスなんて出るわけも無く、そしておばさんにはそのことを言い出すことが出来ず、おばさんもそれに触れる事はなかったので、心の中で「いつか返すから」と思いながら、10年が過ぎた。
ただ、優しさに甘えて逃げ続けていた。
そして今年、やっと、ボーナスというものをもらえた。
が、0.5ヶ月分なので、同じ歳の正社員の子には恥ずかしくて言えないような少額だが、それでも私には嬉しかった。
やっと、このときが来たと思った。
おばさんがお正月に田舎に来ないことを知り、おばさんへ電話した。
日曜日にいるなら、日帰りでお金を持って、謝りにいこうと思ったのだ。
「もしもし?久しぶり~!」
おばさんの声。うれしくて、元気に話し出す。
そして唐突に遊びに行っていいか聞いたら、どうしたのかと問われた。
正直に、あの約束のことを話した。
謝らなきゃ、と思った途端、喉の奥が苦しくなって、言葉に詰まった。
でも言った。
やっとボーナスが出たから、返しに行きたいと。
泣きながら。
おばさんは言った。
「それはもう、ゆみのお母さんから返してもらっているよ。だから、あなたから貰うお金は無い。
そんなことをずっと気にしてたの?ずっと、辛い思いさせててごめんね?」と。
つられて泣いてしまったよといいながら。
それは多分嘘だ。
でもおばさんは、貰ったと言い切った。
さらに、私が何も言っていないのに、約束の事を言い出しただけで、ずっと私が罪悪感持って(当然だけど)いたことに気づいてくれた。
そして、そんなことを気にしてたんか?辛い思いさせたね? と、泣きながら何度も何度も言ってくれた。
私はただただ泣き続け、やっとの思いで、ごめんなさい、と 言えた。
結局、お金は母に渡す事にした。
母を経由しておばさんに届くようにしたい。
おばさんが、まだ私を見守ってくれているのだと、痛感した。
どれだけ幸せものなんだろう。
頑張ろう。
優しい人になるために。
私は、やっぱり、おばさんのような人になりたい。