とにかく担当のプライド持って
」
」
とにかく担当のプライド持って
」
」失敗ばかりだった案件が、ひと段落ついた。
かみあわない上司達とも、とりあえず和解した。
3月最後の日、限界感じて、もうだめだと思った。
派遣元の上司に別件で呼び出されたとき、立ち話でちらっとキビシいと言ってしまった。
リーダー(チームの上司)とうまくいかないと。
その日の午後、派遣先のセンタ長、課長の態度がめっちゃ変わった。
上司達から、会うたび、「体調大丈夫?」と声をかけられ、心配され(笑)
どうしたんだ?と思っていたら、チームの同僚から、
派遣元の課長が、私と話したあとすぐに、上司3人を呼びつけ、話をしたようだと聞いた。
前に、私と同じ職場の人間が、ちょいノイローゼになり、出社出来なくなったこともあり、
早めに手を打ったんじゃないかと。
それを間接的に聞いたので、派遣元の部長に会ったとき、
そんなつもりで話したのではないと伝えた。
すると、部長が、
「おおたの話を聞いて、おおたが間違っていたら、私はおおたに説教するよ。
でも今回のは、チームリーダーとほかのメンバーもうまくいってないと聞いていたから、
想定内だった。
だから、先に手を打った。それだけだよ」
と、言ってくれた。
他にも、さりげなく飲みに誘ってくれる人がいたり、
別の人に「おおた大丈夫か?」と言って気遣ってくれている人がいたり、
大丈夫じゃないと聞いたけどと心配してくれる人がいたり、
まめに和菓子くれたりランチ誘ってくれる人がいたり。
孤独感で身が縮こまっていたから、見てくれている人がいるってことに、やっと少し、力が抜けた。
周りが明るく見えた。
それからしばらく経って、課長もリーダーも、忙しくていっぱいだっただけなんだと、思えた。
申し訳ない気持ちになった。
みんな大変なのにな、と。
母も、ぐちぐち言う私の話を聞き、説教したいだろうに我慢していてくれたり、
友達も、忙しいのに心配して長電話付き合ってくれたり、
おねいちが、ご飯差し入れてがんばれっていってくれたり。
さりげないひとつひとつの優しさが、私に笑顔をくれた。
反省と、感謝が出来た。
ありがたい。
ほんとうに、みんなありがとう。
あとひとつ。
孤独なのは、自分が孤独でいようとしているからかもしれない。
中学の転校したての頃を思い出した。
あの時と、同じだ。
みんな優しいけど、警戒心が解けなかった。
自分の問題だ。
東京では、ぜんぜんそんなことなかったのにな。
何故こんなに警戒しているのか、自分でもわからないから、
もう少し、時間をください。
こっちにきて早1ヶ月。
正直、仕事もなんもかんも、うまくいってない。
職場にはまったく馴染めず、お昼を楽しく食べる女子も、できていない。
仕事も全く、うまくいかず。
失敗しかしていない。
4月半ばまでかかる仕事があるが、その打ち合わせに出ても、話している内容がさっぱりわからない。
お世話になった社員さんが定年退職されるときき、
仲良くしてもらってた社員さんと派遣仲間の3人に、送別会出席のお願いをするが、
日と場所だけ伝えて時間を伝え忘れ、ものすごく溝ができた。
3人は同じロケーションだったから、ひとりに伝えれば伝わるだろうと思っていた。
そのひとりに伝えたつもりで、時間を何にも伝えていなかったから、めっちゃ怒って電話かかってきた。
その人たちから、そんな空気を出されたことなかったから、ほんと、怖かった。
あ、見放されたな、もう飲むことはないな、と感じたことが、怖かった。
でも、仕方ない。
全部いい訳だが、仕事で頭はいっぱいだった。
この際、正直に本音を言おう。
どうせ、誰も読んでいまい。
いま失敗し続けている案件は、リーダーが持ってきた案件であり、
私が設計したもんじゃない!!!
失敗続いているのは、最初からの設計が悪いから。
だから、いちいち私が間違ったみたいに言われるのは超心外。
しかも失敗として問題になっているのは一部で、それ以外は入ってまもなく、
書類の見方も教えてもらってない私がその前に食い止めてんだよ!
そして、3月までOJTだっていったんはお前たちだろ!?
OJTにひとりで工事監督させてんじゃねぇよ。
検収書にサイン書かせようとすんなよ。
成績表の確認欄に私の名前いれさせようとすんなよ!!!!
ほんっと、あったまわるいな。ばかじゃね?
責任負わせようとするんだったら、まともなこと説明してからにしろよ!!!
バカ上司が!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(説明してからでもOUTだと思うが)
ろくに教えようともしないで、チェックしようともしないで、
まともな検証だって、ド素人の私が提案しないとなんも考えないって、
なにがSEだよ。
あんな会社にもうぜんぜんいたくない。
ほんと辞めたい。
仕事への憧れなんて、すでに一ミリもない。
部長の顔、課長の顔、リーダーの顔、すべて吐き気する。
怒りしかない。
嫌で嫌でじんましんでそう。
この一ヶ月、私が悪い、私が悪いって思い、言い聞かせてきたけど、もう限界。
謙虚になんかなれない。
廊下歩いてたら、顔怖いって言われるけど、それがどうした?
ほんと、うざ。
怖くもなるよ、下も向くさ。
文句あんの?
・・・でも、がんばるしかない、
それもわかっている。
もっとがんばっているひとがいる。
がんばらなければならないのだ。
これからしばらくこんな毒ばっかりのブログになるかもしれない。残念ながら。
とりあえず、お風呂入って、寝よう。
いつかどこかで、救われると、期待して。
金沢なう。
実は今年1月下旬、契約社員である私は、正社員試験を受けました。
2月下旬に合格発表と言われていたが、3月下旬、本日部長から発表が。
落ちました。
はずかしー!笑
そして超くやしーい!!!
理由は、リーダーシップがないから、あともっと色々動じないタイプだと思ったのに違った、とのこと。
リーダーシップがない、に関しては、基本調和を重んじる私としては、チームの一員として成すべきことをする、でしゃばらないというのがスタンスだったため、それではいかんということらしい。
もっとチーム全体を見て、ひっぱっていく意識が必要だとのこと。
また、色々動じないというのは、対会社用の顔として明るく接していた私が、実はチキン野郎だということを、部長も課長も見抜けなかったから、がっかりだったということらしい。
前者の理由は、わかる。
が、後者はなんだと。
またかと、思いました。
誰も、緊張しないなんて一言も言ってないだろう!?と、ぐわっと頭に血が上りました。
が、じっくり考えたとき、気づきました。
その勘違いにしがみついていたのは私なんだと。
おおたさんはこうあってほしい、
こういう人間にいてほしい、
そういう曖昧な、周囲の期待、空気にこたえようと思っていたのは自分だと。
自分が納得する自分でいなかったから、もやもやした後悔が残ったのだと。
仕事で失敗しても、同じ。
(すでに新しい職場でやらかしている)
失敗の原因が、「一瞬あれ?と思ったけど、でしゃばるのは上司の手前良くないと思い突っ込まなかったこと」だった。
あとで、言えばよかったと思っても、遅い。
言わなかったのだから。
こんな思いをするくらいなら、言えばいい。
しつこいやつだとか、面倒なやつだとか、思わせとけばいい。
自分が一番何が大事なのか。
考えて、ぶれずにいれば、後悔は少ない。
やっと思い出せた。
やっと、やっと。
落ちてよかった。
もちろん、悔しいけど、めっちゃ悔しいけど、
でも、落ちてよかったとも、心から思う。
今までの自分でいるほうが、危なかった。
へこむけど、でもすっきりした。
曖昧なことは信じない。
そんなものに振り回されない。
わたしは、私のやりたいように、
やる。
2月18日(金)に東京勤務終了し、
2月21日(月)に金沢勤務開始しました。
そして、同日夜中に、祖母が亡くなりました。
93歳でした。
実は、ばたばたして、東京から帰ったのは、勤務前日20日(日)の21時。
翌日初出勤で、気力遣い果たし、ふらふら帰りつき、21時に寝たが、23時頃に母に起こされた。
後から聞いた話だが、
先週から容態が悪かったそう。
母は祖母に、
「有美がもうすぐ帰ってくるから、それまで待っていてね」
とお願いしていたそう。
本当に、
待っていてくれたんだ。
でも、薄情な私は、自分の予定でいっぱいいっぱいで、会いに行かなかった。
ごめん、おばあちゃん。
ほんとうにごめん。
保育所に迎えにきてくれて、ありがとう。
たまに晩御飯作ってくれて、ありがとう。
たまにお泊りしてくれて、ありがとう。
お通夜とお葬式で、ずっと繰り返した。
届いただろうか。
ばあちゃんの顔は、保育所送り迎えのときの笑顔ばっかり出てくる。
従兄弟の子どもの小学生が、
お通夜でおばあちゃんを見たそうだ。
表情をたずねると、笑っていたそうで、親戚一同安心した。
後日、ばあちゃんの話をしたら、
周りに「トイレの神様みたいやね~」といわれた。
実は聴いたことがなかったので、
お葬式まで全部全部終わった後、
YOUTUBEで探して、聴いた。
やっと、理由がわかった。
涙が出た。
おばあちゃん、
ありがとう。
有美、がんばるから、見ててね。
突然ですが、実は、2月18日で、お江戸勤務終了しました。
(事後報告ですが)
現在、金沢におります。
2年11ヶ月。
あっという間だったな。
転勤も、今年入って話が出たと思ったら、1ヵ月後に異動と決まり、
引越しやら色々してたら、別れを惜しむ時間も全然足りないまま、卒業に。
それでも、東京で出会った友達、会社の人達が、忙しい合間をぬって、
私と話す時間を作ってくれた。
(個別に送別会をありがとう!プレゼントも沢山貰ってしまった。
チームからの過去最高額(らしい)記念品、スワロフスキーのネックレスと、
おにまりからの超大作メッセージアルバム。人生の宝物だよ。超自慢っす笑)
本当に嬉しかった。
仕事でガツンと成長してきたのか!?と問われると、ちょっとごめんなさいなんですが、
1cm程度は成長したと思います!
(沢山教えていただいたのに、吸収できなかったおおたが悪いんですよ!もちろん!!!)
わたし、東京で得たものは沢山あります。
かけがえのない友達、
最高のチームにめぐりあえたこと。
みんな個性強いけど、みんないい人で、めっちゃ大好きだ!
辛くて辛くて辛くて辛くて、
もうどうしたらいいかわからなくて、
朝、違う方向の電車に乗って、ふっといなくなろうかなと、何度か思ったこともある。
でも、みんなの笑顔のお陰で、
私、東京で過ごすことができました。
卒業することができました。
おにまり、
せきちゃん、
おみぃ、
かわかわ、
あいみん、
ごうさん、
やまだねぇさん、
みよちゃん、
いっちゃん、
りんちゃん
そして、会社でお世話になった方々、
また、大学の先輩方。
東京で知り合った方々(ハワイご飯屋のおにいちゃん位、か?)
表現が下手でごめんなさい。
うまく表現できなくて、伝えられずにいますが、このことを考えるといつも胸がいっぱいになる位、愛情と感謝が溢れてきます。
本当に、本当に、お世話になりました。
ありがとうございました。
そして、
これからも、ほんとによろしく!笑
(これ重要。ちょいちょいちょいちょい東京遊びに行くから。普通に。)




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