第4シリーズ「iPhone・VoiceOver・アクセシビリティ活用」第3回

導入文

「iPhoneが人生を変えた」

この言葉を聞くと、少し大げさに感じる人もいるかもしれません。

スマートフォンは、今では多くの人が当たり前のように使っているものです。

電話をかける。

メッセージを送る。

インターネットで調べものをする。

買い物をする。

予定を確認する。

こうしたことが一台の端末でできるのは、決して珍しいことではありません。

しかし、私は生まれつき全盲です。

明るさが分かる程度の視力しかなく、画面に表示された文字や写真、ボタンなどを目で確認することはできません。

そんな私にとって、iPhoneは単に便利な機械というだけではありません。

自分で情報を調べ、内容を確かめ、必要な操作を行うための重要な道具です。

その利用を支えているのが、VoiceOverというアクセシビリティ機能です。

VoiceOverを使うことで、画面に表示された文字や操作項目などを音声で確認しながら、iPhoneを操作できます。

ただし、今回伝えたいのは、全盲でもスマートフォンが使えるという話だけではありません。

もっと大切なのは、情報を自分で取得できることで、生活の中にどのような選択肢が生まれるのかということです。

誰かに調べてもらうことと、自分で調べること。

誰かに説明してもらうことと、自分で内容を確認すること。

誰かに操作してもらうことと、自分の判断で操作すること。

結果が同じであっても、その過程には違いがあります。

そして、そうした違いは、日々の生活だけでなく、自分自身の考え方や社会との関わり方にも影響します。

もちろん、iPhoneがあれば何でもできるわけではありません。

利用できないアプリもあります。 
音声だけでは理解できない情報もあります。

必要に応じて、家族や支援者など、人の力を借りることもあります。

それでも、自分でできることや選べる方法が増えることには、大きな意味があります。

今回は、iPhoneという一台の端末を通して、私が考える自立、情報へのアクセス、社会参加、そして人生の選択肢についてお伝えします。

1. 生まれつき全盲の私にとって、人生が変わるとはどういうことなのか

人生が変わるという言葉には、さまざまな意味があります。

仕事が変わる。

住む場所が変わる。

人との出会いによって考え方が変わる。

今までできなかったことができるようになる。

人によって、人生が変わったと感じる出来事は違うと思います。

では、私にとって、iPhoneが人生を変えたというのは、どういう意味なのでしょうか。

それは、目が見えないという事実が変わったということではありません。

私は今も生まれつき全盲であり、画面に表示された情報を目で確認することはできません。

iPhoneを持ったからといって、視覚障害そのものがなくなるわけではないのです。

また、これまで難しかったことが、すべて簡単にできるようになるわけでもありません。

それでも、情報を取得するための方法が増えることで、自分で考え、判断できる場面が広がります。

私は、そこに大きな意味があると考えています。

例えば、何かを調べたいと思った時。

必要な情報を誰かに調べてもらう方法もあります。

しかし、自分で調べられる方法があれば、相手の都合を確認することなく、知りたいことを探せます。

また、調べた結果に疑問があれば、別の情報を確認することもできます。

一度聞いただけでは理解できなかった内容を、もう一度読み返すこともできます。

こうしたことは、目が見える人にとっては特別な行為ではないかもしれません。

しかし、必要な情報を自分で取得する方法が限られている場合には、その一つひとつが重要な意味を持ちます。

私は、人生が変わるということを、必ずしも大きな出来事が起きることだとは考えていません。

自分で判断できることが増える。

人に頼るかどうかを自分で選べる。

やりたいと思ったことに、自分から取り組める。

そうした小さな変化が積み重なることも、人生の変化なのだと思います。
 iPhoneは、その変化を支える手段の一つです。

そして、そこには、単なる便利さでは説明しきれない価値があると感じています。

2. 知りたいと思った時に、自分で情報を調べられること

私がiPhoneの価値を考える時、特に重要だと思うのが、情報へアクセスできることです。

情報を得るという行為は、私たちの生活のさまざまな場面に関係しています。

例えば、何かを購入する時には、商品の価格や特徴を確認します。

初めて利用するサービスであれば、利用方法や料金を調べます。

社会で起きている出来事を知りたい時には、ニュースを確認します。

こうした行為は、特別なことではありません。

多くの人が日常生活の中で行っていることです。

しかし、画面に表示された情報を目で確認できない場合、情報の提供方法によっては、自分で調べることが難しくなります。

そこで重要になるのが、VoiceOverです。

アクセシビリティに対応したWebサイトであれば、画面に表示された文章を音声で確認しながら情報を探せます。

例えば、ある制度について調べたい場合を考えてみてください。

制度の名前を検索し、説明を読み、対象となる条件や利用方法を確認する。

必要であれば、ほかのWebサイトに掲載されている情報と比較する。

こうしたことを自分で進められる可能性があります。

ここで大切なのは、検索した結果をそのまま信じることではありません。

インターネットには正しい情報もあれば、古い情報や誤った情報もあります。

そのため、必要に応じて公式情報を確認したり、複数の情報を比較したりすることが必要です。

しかし、その判断を行うためにも、まずは情報へアクセスできなければなりません。

私は、知りたいと思った時に、自分で調べられる方法があることは、生活の自由につながると考えています。

誰かに聞くことが悪いわけではありません。

詳しい人に質問した方が、早く理解できる場合もあります。

ただし、最初から誰かに聞く以外の方法がないことと、自分で調べたうえで必要な時に相談できることは違います。

情報を自分で取得できるようになると、質問の仕方も変わります。

何も分からない状態で説明をお願いするのではなく、自分で調べても分からなかった部分を確認できます。
 また、相手から説明を受けた内容についても、必要に応じて自分で調べ直せます。

こうした選択肢があることで、情報を受け取るだけの立場から、自分で情報を探し、考える立場へ進むことができます。

私は、この違いこそ、iPhoneが生活にもたらす重要な変化の一つだと思っています。

3. 人に説明してもらうことと、自分で確認することは同じではない

視覚障害者が生活するうえで、人から情報を提供してもらうことは大切です。

例えば、目の前にある書類の内容を説明してもらうことがあります。

周囲の様子を教えてもらうこともあります。

複雑な手続きについて、一緒に確認してもらう場合もあります。

こうした支援は、私の生活にとっても重要なものです。

しかし、人から説明してもらうことと、自分で内容を確認することは、必ずしも同じではありません。

例えば、ある商品の説明を誰かに読んでもらったとします。

相手が重要だと思う部分を中心に説明してくれるかもしれません。

しかし、私が知りたいことと、相手が重要だと考えることが一致するとは限りません。

商品の価格を詳しく知りたい場合もあれば、サイズや材質、利用条件などを確認したい場合もあります。

また、相手が説明してくれた内容を、もう一度確認したくなることもあります。

自分で情報へアクセスできれば、必要な部分を探し、納得するまで読み直せます。

これは、誰かの説明を信用していないということではありません。

自分で判断するために、必要な情報を自分で確かめたいということです。

私は、こうした行為を、生活の中で自然に認められるべきものだと思っています。

目が見える人であれば、気になる文章をもう一度読み返すことができます。

説明を聞いて分からなかった部分を、自分で調べ直すこともできます。

視覚障害者にも、同じように情報を確認する機会が必要です。

そして、自分で確認できることは、他人との関係にも影響します。

すべての情報を誰かに調べてもらう必要があれば、そのたびに相手の時間を使うことになります。

しかし、自分でできることが増えれば、本当に支援が必要なことに集中して相談できます。

もちろん、情報を自分で確認できるからといって、必ず一人で判断しなければならないわけではありません。
 大切な契約や専門的な内容については、詳しい人へ相談することも必要です。

私が大切にしたいのは、人に頼ることをなくすのではなく、頼るかどうかを自分で選べることです。

iPhoneは、その選択肢を増やすための道具になっています。

4. 誰かと連絡を取る方法を、自分で選べるようになること

iPhoneは、情報を調べるためだけの道具ではありません。

人とつながるための道具でもあります。

電話、メッセージ、メール、SNSなど、さまざまな連絡方法があります。

それぞれに特徴があり、状況に応じて使い分けることができます。

例えば、急いで確認したいことがあれば、電話で直接話す方法があります。

相手が忙しい時には、メッセージを送る方が適している場合もあります。

長い説明が必要な内容であれば、メールで文章をまとめて伝えることもできます。

こうした連絡方法を自分で選べることには意味があります。

私は、視覚障害があるからといって、すべての連絡を誰かに代わってもらう必要があるとは思っていません。

もちろん、相手との関係や連絡の内容によっては、支援を受けた方がよい場合もあります。

しかし、自分で内容を確認し、返事を作成できるのであれば、その方法を選びたいと思います。

また、メッセージを利用する場合には、自分のペースで内容を確認できることも重要です。

相手から届いた文章を読み返す。

どのような意味なのかを考える。

返事の内容を整理する。

必要であれば、少し時間を置いてから返信する。

こうしたことができると、相手とのコミュニケーションを自分の意思で進めやすくなります。

一方で、音声による読み上げには限界もあります。

例えば、相手が写真だけを送ってきた場合、その内容を十分に理解できないことがあります。

また、スタンプや画像に込められた細かな意味が、音声だけでは伝わりにくい場合もあります。

そのような時には、相手に説明をお願いすることもあります。

私は、そうしたやり取りを負担だけとして考える必要はないと思っています。

お互いに伝わりやすい方法を考えることも、コミュニケーションの一部だからです。

ただし、デジタル技術があるからといって、人間関係の悩みがなくなるわけではありません。
 返事が遅くなることもあれば、文章だけでは気持ちが十分に伝わらないこともあります。

iPhoneは、人との関係を自動的によくする道具ではありません。

それでも、自分から連絡できる方法が増えることは、人とのつながりを維持するための選択肢になります。

私は、誰かとつながるための方法を、自分で選べることにも価値があると思っています。

5. 自分の言葉を社会へ届けられることが、私にとって大きな意味を持っている

私は現在、noteで「障害福祉・生きづらさ・共生社会」をテーマに情報発信しています。

これまで、生まれつき全盲である私の考え方や日常生活、盲導犬との暮らしなどについて記事を作成してきました。

そして今回、iPhoneやVoiceOver、アクセシビリティについてのシリーズを始めています。

こうした情報発信は、私にとって大切な活動の一つです。

なぜなら、視覚障害について詳しくない人に、当事者としての考えを伝えられるからです。

例えば、視覚障害者の生活について、目が見える人が想像だけで理解しようとすると、実際とは異なるイメージを持つことがあります。

すべてのことに支援が必要だと思われることもあれば、反対に、便利な技術があれば何でもできると思われることもあります。

しかし、実際の生活は、それほど単純ではありません。

自分でできることもあります。

支援が必要なこともあります。

状況によって方法を変えることもあります。

私は、そうした現実を、自分の言葉で伝えたいと考えています。

ここで重要になるのが、文章を作成し、自分で確認できることです。

例えば、記事を書く時には、何を伝えたいのか考える必要があります。

文章の順番を整理することも必要です。

誤解を与える表現になっていないか確認することも大切です。

そして、公開する前には、自分が伝えたい内容になっているのかを読み返す必要があります。

VoiceOverは、こうした確認を行うための重要な手段です。

私はAIを文章作成や情報整理にも活用していますが、AIが作成した文章をそのまま正しいと判断しているわけではありません。

内容が自分の考えと一致しているのか。

事実と異なることが書かれていないか。

読者に誤解を与える可能性がないか。

そうしたことを確認する必要があります。
 これは、文章を発信する本人の責任でもあります。

iPhoneやVoiceOverなどの技術を利用できることは、単に情報を受け取る側にとどまらず、自分から情報を届ける側になることにもつながります。

私は、ここに大きな意味を感じています。

障害について、誰かに説明してもらうだけではなく、当事者自身が経験や考えを発信できる。

そして、その言葉が、同じ悩みを持つ人や、障害について知らなかった人へ届く可能性がある。

これは、単なるスマートフォンの便利さでは説明しきれない変化だと思っています。

6. 買い物や手続きで、自分が納得して選べること

買い物やさまざまな手続きも、iPhoneが役立つ場面の一つです。

例えば、商品を購入する時には、価格や特徴、利用条件などを確認する必要があります。

目が見える人であれば、画面に表示された商品写真や説明を確認しながら比較できます。

しかし、私の場合、画面を見るという方法は使えません。

そのため、VoiceOverで商品名や価格、説明などを確認できることが重要になります。

例えば、同じような商品が複数ある場合を考えてみてください。

価格だけでなく、容量やサイズ、使い方などを比較したいことがあります。

必要な情報が文章として提供されていれば、音声で確認できる場合があります。

一方で、商品の違いが写真だけで示されている場合には、十分に比較できないことがあります。

また、購入手続きの途中で操作できない項目があれば、商品を選べても注文を完了できない場合があります。

私は、こうした問題を考える時、単に買い物が便利になったかどうかだけではなく、自分で納得して購入できるかどうかが重要だと思っています。

例えば、誰かに商品を選んでもらうことも、一つの方法です。

しかし、自分で情報を比較し、選んだうえで購入できるのであれば、その方法にも価値があります。

また、必要に応じて、商品の写真や実物について人に説明してもらうこともあります。

大切なのは、すべてを一人で完結させることではありません。

自分が判断したい部分について、必要な情報を得られることです。

これは買い物だけでなく、行政手続きやサービスの申し込みなどにも当てはまります。
 例えば、利用条件を確認できても、申し込みボタンがVoiceOverで操作できなければ、手続きは完了しません。

入力した内容に誤りがあった時に、どこを修正すればよいのか分からない場合もあります。

こうした問題は、利用者の操作方法だけで解決できるとは限りません。

アプリやWebサイトの設計によって生じる障壁もあるからです。

第2シリーズでは、買い物やキャッシュレス決済など、日常生活の方法を中心に取り上げてきました。

今回伝えたいのは、その生活を支えるデジタルサービスが、どのように作られているかということです。

自分で商品を選べること。

内容を確認できること。

納得して手続きを進められること。

こうした行為を支えているのが、アクセシビリティなのです。

7. 仕事や社会参加の可能性を広げる一方で、残っている壁

iPhoneやVoiceOverは、日常生活だけでなく、仕事や社会参加にも関係しています。

例えば、仕事ではメールを確認したり、予定を管理したり、必要な情報を調べたりすることがあります。

また、文章を作成し、資料の内容を確認する場面もあります。

こうした作業を行うためには、必要な情報へアクセスできなければなりません。

私は福祉分野にも関わってきました。

その経験からも、障害がある人が社会で活動するためには、本人の能力や意欲だけでなく、環境が重要だと考えています。

例えば、仕事に必要な情報がすべて画像だけで提供されていたらどうでしょうか。

あるいは、業務で使うシステムのボタンがVoiceOverで読み上げられなかったらどうでしょうか。

その場合、本人が仕事の内容を理解していても、システムを操作できない可能性があります。

これは、仕事をする能力がないということではありません。

必要な道具や環境が、利用者に合っていないという問題です。

私は、障害者雇用について考える時、採用するかどうかだけでなく、実際に働くための環境が整っているかどうかも重要だと思っています。

例えば、業務で利用するアプリがVoiceOverに対応しているか。

必要な資料を音声で確認できるか。

本人が操作しにくい部分について、どのような方法で補えるか。

こうしたことを考える必要があります。
 また、デジタル技術を使えることによって、働き方の選択肢が広がる可能性もあります。

文章作成や情報整理など、画面を見なくても取り組める作業はあります。

しかし、それだけで視覚障害者の就労に関する課題がすべて解決するわけではありません。

職場環境や業務内容、必要な支援など、さまざまな条件が関係するからです。

私は、技術を使えることを、個人の努力だけで仕事の問題を解決する方法として考えてほしくありません。

本人が持っている力を発揮できる環境を整えることも、社会や企業の役割です。

iPhoneやVoiceOverは、その環境を支える一つの手段になります。

そして、誰もが働きやすい環境を作るためには、最初から多様な利用者がいることを想定する必要があると思っています。

8. 外出する前に情報を確認できることと、安全に移動できることは別

私は盲導犬ユーザーです。

また、必要に応じて同行援護などの人的支援も利用しています。

そのため、外出を考える時には、iPhoneで情報を確認することと、実際に移動することを分けて考える必要があります。

例えば、初めて訪れる場所へ行く場合です。

目的地の住所を確認する。

最寄り駅を調べる。

利用できる交通機関を確認する。

乗り換えの情報を調べる。

こうしたことは、外出の準備として役立ちます。

VoiceOverに対応したアプリであれば、画面を見ずに必要な情報を確認できる場合があります。

ただし、目的地までの経路を調べられることと、実際に安全に歩けることは別です。

例えば、駅の構造が複雑な場合には、乗り換える路線が分かっていても、目的のホームまで移動することが難しい場合があります。

また、道路の工事や混雑など、事前に調べた情報だけでは分からない状況もあります。

地図アプリの現在地情報にも、誤差が生じることがあります。

そのため、アプリで経路を確認できたからといって、必ず安全に移動できるとは限りません。

ここで重要になるのが、技術と人的支援の役割分担です。

iPhoneは、目的地や交通機関などの情報を調べるために役立ちます。

盲導犬は、歩行中の障害物を避けることなど、安全な移動を支えます。

同行援護などの人的支援には、周囲の状況について情報を提供したり、必要な場面で支援したりする役割があります。
 これらは、それぞれ異なる役割を持っています。

私は、デジタル技術が進歩したからといって、すべての移動を一人で行う必要があるとは考えていません。

自分で調べられることは、自分で確認する。

現地で判断が難しい場合には、必要な支援を利用する。

そのように、状況に応じて方法を組み合わせることが大切です。

そして、事前に情報を取得できることで、人に支援をお願いする時にも、必要なことを整理しやすくなります。

例えば、目的地や利用する交通機関が分かっていれば、どの部分で支援が必要なのかを具体的に伝えやすくなる場合があります。

私は、iPhoneの価値を考える時、人的支援の代わりになることだけが重要なのではないと思っています。

技術と支援を組み合わせることで、生活の選択肢が増えること。

そのことに大きな意味があると考えています。

9. AIとの組み合わせによって、考えを整理する方法も広がっている

iPhoneやVoiceOverについて考える時、現在ではAIの存在も無視できません。

私は、AIを文章作成や情報整理などに活用しています。

例えば、何かについて文章を書きたい時です。

伝えたい内容が複数ある場合、どのような順番で説明すれば読者に伝わりやすいのか考える必要があります。

また、一つのテーマについて、異なる視点から考えたい場合もあります。

そのような時、AIを活用することで、考えを整理したり、文章の構成案を作成したりする補助を受けることができます。

ただし、私は、AIが自分の代わりにすべてを考えてくれるとは思っていません。

AIが提示した文章が、必ず自分の考えと一致しているとは限らないからです。

また、事実と異なる内容が含まれている場合もあります。

そのため、AIが作成した文章を確認し、必要に応じて修正することが重要です。

ここで、VoiceOverの役割も大きくなります。

AIが作成した文章を音声で確認しながら、自分が伝えたい内容になっているか判断することができるからです。

私は、AIとVoiceOverを組み合わせることによって、文章を作成するための選択肢が広がると考えています。

また、AIには画像について説明する機能もあります。
 写真や画面の内容を言葉で説明してもらうことで、これまで確認しにくかった情報へアクセスできる可能性があります。

しかし、AIによる画像説明が必ず正しいとは限りません。

画像の一部を見落としたり、実際とは異なる説明をしたりする可能性もあります。

そのため、重要な判断をAIの説明だけに任せることは適切ではありません。

特に、安全や健康、契約などに関わる情報については、必要に応じて信頼できる情報源や専門家による確認が必要です。

また、AIへ入力する情報にも注意が必要です。

個人情報や仕事上の機密情報などを扱う場合には、サービスの利用条件や情報の取り扱いを確認することが大切です。

私は、AIを視覚障害そのものを解決する技術として捉えていません。

AIは、情報を整理したり、考えるための材料を増やしたりする手段の一つです。

大切なのは、その情報をどのように活用するかを、自分で判断することです。

iPhone、VoiceOver、AI。

それぞれの技術には異なる役割があります。

それらを組み合わせながら、自分に合った方法を選べることが、現在のデジタル技術の大きな可能性だと思っています。

10. 便利になったからこそ、使えない時の負担も大きくなる

iPhoneやデジタルサービスが便利になることには、多くのメリットがあります。

しかし、私は、便利な技術が生活に広がるほど、利用できない時の問題も大きくなる可能性があると考えています。

例えば、あるサービスの申し込みが、スマートフォンのアプリからしかできなくなったとします。

目が見える人にとっては、窓口へ行く必要がなくなり、便利になるかもしれません。

しかし、そのアプリがVoiceOverに十分対応していなければ、視覚障害者は申し込みを完了できない場合があります。

また、以前は電話で確認できた情報が、Webサイトでの案内だけに変更された場合も同じです。

Webサイトが音声で利用できるように作られていなければ、情報を取得すること自体が難しくなります。

これは、デジタル化によって新しく生まれる障壁です。

私は、デジタル化そのものが悪いとは思っていません。

むしろ、さまざまな情報やサービスを自分で利用できる可能性が広がることには、大きな価値があると思っています。
 しかし、その便利さが、一部の利用者だけを前提にしているのであれば、十分とはいえません。

また、iPhoneやアプリのアップデートによって、使いやすさが変わる場合もあります。

例えば、これまで分かりやすかった画面の構成が変更されると、操作方法を改めて確認する必要が生じることがあります。

新しい機能が追加されても、VoiceOverで操作できなければ、その機能を十分に利用できません。

反対に、それまで使えていた機能が使いにくくなれば、日常生活や仕事に影響が出る可能性もあります。

私は、技術の進歩を評価する時、新しい機能がどれだけ増えたのかということだけでなく、これまで利用できていた人が引き続き利用できるかどうかも重要だと思っています。

そして、利用できない問題を、すべて本人の努力不足として扱うべきではありません。

操作方法を覚えることで解決できることもあります。

しかし、画面のボタンに適切な名前が付いていなかったり、必要な項目へ移動できなかったりする場合には、サービス側の改善が必要になることがあります。

利用者がどれだけ努力しても、設計そのものに問題があれば解決できない場合があるのです。

便利な技術が増えることと、誰もがその便利さを利用できること。

私は、この二つを分けずに考えてほしいと思っています。

11. iPhoneを使うことと、すべてを一人で行うことは同じではない

私は、iPhoneが人生に与える意味を考える時、自立という言葉についても考えます。

自立と聞くと、誰にも頼らず、すべてを一人で行うことを想像する人もいるかもしれません。

しかし、私は、必ずしもそうではないと思っています。

例えば、ある手続きについて自分で調べたとします。

必要な条件や申し込み方法を理解できたとしても、実際の手続きでは人の支援が必要になる場合があります。

また、商品の情報を自分で比較できても、実物の状態を確認するために誰かへ説明をお願いすることも考えられます。

そのような時、人に頼ることは、自立できていないという意味なのでしょうか。

私は、そうは考えていません。

大切なのは、自分が何をしたいのかを理解し、必要な方法を選べることだと思っています。

例えば、自分で調べられることは自分で確認する。

分からないことがあれば、必要な相手へ質問する。
 判断が難しい時には相談する。

安全に関わる場面では、適切な支援を利用する。

こうした選択を自分で行えることも、自立の一つの形ではないでしょうか。

iPhoneやVoiceOverは、その判断に必要な情報を得るための手段になります。

しかし、すべての問題を解決する存在ではありません。

私は、技術が進歩しても、人による支援が持つ価値はなくならないと思っています。

例えば、相手の状況を考えながら説明してもらうことや、現場の状況に応じて支援を受けることには、人だからこそできる役割があります。

一方で、自分で確認できる情報まで、必ず人を介さなければならない状態も、望ましいとは思いません。

私は、どちらか一方を選ぶ必要はないと考えています。

技術を使うこと。

人に頼ること。

自分で判断すること。

こうした方法を、その時々の状況に応じて組み合わせられることが大切です。

そして、そのためには、本人が利用できる情報やサービスが十分に用意されている必要があります。

私は、iPhoneによって増えた選択肢を、自分の生活を主体的に考えるための手段として大切にしたいと思っています。

12. 人生を変えたのはiPhoneそのものではなく、選べる可能性が広がったこと

ここまで、iPhoneが生活や社会との関わり方にどのような意味を持つのかについて書いてきました。

今回のタイトルは、「iPhoneが人生を変えた話」です。

しかし、私は、iPhoneという製品そのものが人生を変えてくれるとは思っていません。

大切なのは、その中にある技術を利用することで、自分ができることや選べる方法が増えることです。

例えば、情報を調べること。

文章を作成すること。

誰かと連絡を取ること。

予定を確認すること。

社会へ自分の考えを発信すること。

これらは、目が見える人にとっては特別な行為ではないかもしれません。

しかし、画面を見ることができない場合には、情報を取得するための仕組みがなければ、利用できる範囲が制限されることがあります。

だからこそ、VoiceOverのようなアクセシビリティ機能には、大きな意味があります。

そして、私は、その意味を「全盲なのにスマートフォンが使える」という驚きだけで終わらせたくありません。
 重要なのは、なぜ使えるのかということです。

一般向けの製品に、画面を見ない人のための操作方法が用意されている。

その仕組みがあることで、視覚障害者も同じ製品を利用できる可能性が生まれる。

私は、この考え方がもっと広がってほしいと思っています。

もちろん、VoiceOverだけですべてのアプリやWebサイトが使えるわけではありません。

サービス側の設計によっては、利用できない機能もあります。

また、音声だけでは理解できない情報もあります。

だからこそ、今後は、さまざまな人が利用することを最初から考えたサービス設計が必要です。

例えば、画面を見る人にも、音声で情報を確認する人にも、必要な内容が伝わるようにする。

ボタンの役割を分かりやすくする。

入力した内容や操作結果を確認できるようにする。

画像には、必要に応じて説明を付ける。

こうした配慮によって、利用できる人の範囲が広がります。

また、障害者だけのために特別なサービスを用意するのではなく、同じサービスへ異なる方法でアクセスできることにも意味があります。

私は、障害の有無によって、最初から利用できる情報やサービスが分けられる社会ではなく、必要に応じて利用方法を選べる社会が望ましいと思っています。

そして、それは単に便利な社会というだけではありません。

自分で考え、判断し、選択できる機会が保障される社会でもあります。

iPhoneは、私の視力を変えたわけではありません。

視覚障害による困難をすべて解決してくれたわけでもありません。

しかし、情報を取得し、自分の意思で操作するための重要な選択肢を与えてくれています。

私は、その選択肢があることに、大きな価値を感じています。

そして、これからも技術の進歩によって、利用できる方法が増えていくことを期待しています。

ただし、技術の進歩だけでは十分ではありません。

その技術を利用する人の立場に立って考えること。

使いやすさを継続して確認すること。

利用できない人がいる場合には、その理由を考えて改善すること。

こうした取り組みがあって初めて、技術の価値がより多くの人へ届くのだと思います。

13. まとめ

今回は、「iPhoneが人生を変えた話」というテーマで、私にとってiPhoneがどのような意味を持つのかについて書きました。 
私は生まれつき全盲で、画面に表示された文字や画像を目で確認することはできません。

それでも、VoiceOverを利用することで、必要な情報を音声などで確認しながらiPhoneを操作できます。

しかし、今回伝えたかったのは、スマートフォンが便利になったという話だけではありません。

情報を自分で取得できること。

自分のタイミングで内容を確認できること。

必要な時には情報を調べ直せること。

自分の考えを文章にして社会へ届けられること。

そして、さまざまな場面で自分の意思をもとに判断できること。

こうした一つひとつが、生活の選択肢につながっているということです。

私は、人生が変わるということを、必ずしも大きな出来事が起きることだとは考えていません。

これまで選べなかった方法を選べるようになる。

誰かに頼る以外の方法が増える。

必要な時には、自分の意思で支援を利用できる。

そうした変化が積み重なることにも、大きな意味があると思っています。

一方で、iPhoneやVoiceOverがあれば、すべての問題が解決するわけではありません。

利用できないアプリやWebサイトもあります。

画像や地図など、音声だけでは十分に理解できない情報もあります。

また、仕事や外出など、人的支援が必要になる場面もあります。

だからこそ、私は、デジタル技術と人的支援を対立するものとして考えてほしくありません。

どちらにも、それぞれの役割があります。

そして、必要に応じて組み合わせることが、本人の生活の選択肢につながります。

また、技術を利用できない問題を、すべて本人の努力不足として考えることも適切ではありません。

どれだけ操作方法を覚えても、アプリやWebサイトが適切に作られていなければ、利用できない場合があります。

アクセシビリティは、障害者のために特別なサービスを提供することではありません。

最初からさまざまな利用者がいることを前提に、必要な情報やサービスを利用できるようにするための考え方です。

私は、iPhoneを利用している一人の視覚障害者として、その重要性をこれからも伝えていきたいと思っています。

そして、この記事を読んでくださった方にも、少し考えてみてほしいことがあります。

普段、何気なく利用しているスマートフォンの機能。
 当たり前のように確認している情報。

自分の意思で選び、操作しているサービス。

それらは、本当に誰もが同じように利用できる仕組みになっているでしょうか。

画面を見ることができない人にも、必要な情報が伝わるでしょうか。

異なる操作方法でも、最後まで利用できるでしょうか。

私は、こうしたことを考える人が増えることが、誰もが利用しやすいデジタル社会につながると思っています。

iPhoneが私の人生にもたらした大きな意味は、目が見えないという事実を変えたことではなく、目が見えなくても情報へアクセスし、自分で考え、選択するための方法を広げてくれたことです。

そして、その選択肢は、これからさらに広がっていく可能性があります。

技術が進歩することだけでなく、その技術を必要とする人が実際に利用できること。

私は、その両方が大切にされる社会であってほしいと考えています。

次回は『VoiceOver初心者が最初に覚えたいこと』について書きます。