旅行から帰った後、写真を見返す人は多いと思います。

私は生まれつき全盲なので、自分で撮った景色の写真を眺めながら旅を振り返ることはありません。

それでも、ふとした瞬間に、以前訪れた場所を思い出すことがあります。

駅へ降りた時に感じた空気。

少し遠くから聞こえてきた波の音。

宿へ着き、ようやく荷物を下ろした時の安心。

一緒に行った人と食事をしながら交わした会話。

帰宅してしばらくたった頃、

「もう一度、あの場所へ行きたいな」

と思うことがあります。

私がまた行きたいと思っているのは、海の近くにある、にぎやかすぎない場所です。

有名な観光地だったからでも、すべてが完璧だったからでもありません。

困ったこともありました。

移動に時間がかかり、少し疲れました。

もっと確認しておけばよかったと思ったこともあります。

それでも、その場所には、もう一度戻りたいと思わせる何かが残っています。

今回は、私がまた行きたい場所と、そう思う理由について書きたいと思います。

1. 最初に覚えているのは景色ではなく空気だった

その場所へ着いた時、最初に印象へ残ったのは景色ではありませんでした。

駅を出た時に感じた空気です。

普段過ごしている場所より、少し湿り気がありました。

風の中に、いつもとは違うにおいが混ざっていたように感じます。

海が近いと聞いていたので、

「この空気が海の近くの空気なのかな」

と思いました。

私は景色を直接見ることはできません。

そのため、旅行先へ着いた実感が、見える人とは少し違うところから始まるのだと思います。

駅の放送が変わる。

人の話し方が変わる。

足元の感触が変わる。

風の強さが変わる。

それらが少しずつ重なり、

「いつもの場所ではない」

という感覚になります。

その時の空気は、今でも何となく覚えています。

正確に言葉で説明するのは難しいのですが、知らない場所へ来た緊張と、これから始まる時間への楽しみが混ざっていました。

2. 波の音が近づいてくる時間が好きだった

海へ向かって歩いている時、最初から波の音がはっきり聞こえていたわけではありません。

人の声。

車の音。

店から流れる音楽。

盲導犬の足音。
 いろいろな音の向こうに、少しずつ波の音が混ざってきました。

歩くにつれて、その音がだんだん近くなります。

同行者から、

「もう海が見えているよ」

と言われた時も、私はまだ波の音を探していました。

少し進んだところで、波が寄せて戻る音が、はっきり聞こえるようになりました。

その瞬間、

「本当に海まで来たんだな」

と思いました。

見える人は、海が視界へ入った瞬間に到着を感じるのかもしれません。

私は、音が近づいてきたことで到着を感じました。

同じ場所へ向かっていても、到着を実感する瞬間が違う。

今振り返ると、それも旅行のおもしろさだったように思います。

3. 何もしない時間を過ごせた

旅行へ行くと、できるだけ多くの場所を回りたくなることがあります。

せっかく来たのだから。

次にいつ来られるか分からないから。

有名な場所は見ておきたいから。

そんな気持ちになります。

ただ、その旅行では、海の近くでしばらく何もしない時間がありました。

波の音を聞く。

風を感じる。

同行者と少し話す。

盲導犬を休ませる。

ただ、それだけでした。

最初は、

「せっかく来たのに、座っているだけでよいのかな」

と思いました。

でも、時間がたつにつれて、何かをしなければならないという気持ちが少しずつ消えていきました。

旅行なのだから、何か特別な体験をしなければならない。

多くの場所を回らなければならない。

そう考えていた自分に気づきました。

その場所では、何もしない時間そのものを楽しめました。

だから、もう一度行った時も、予定を詰め込みすぎず、同じようにゆっくり過ごしたいと思っています。

4. 宿で安心できたことも大きかった

また行きたいと思えるかどうかは、観光地の魅力だけでは決まりません。

私にとっては、安心して宿泊できたかどうかも大切です。

その時に利用した宿では、スタッフの方が部屋の中を一緒に確認してくれました。

入口からベッドまでの位置。

浴室とトイレ。

テーブル。

コンセント。

電話。

盲導犬が休める場所。

一つずつ説明してもらいました。

何でも代わりにしてもらったわけではありません。

最初に必要な情報を受け取り、自分で動けるようにしてもらいました。

また、
 「部屋の物は動かさないほうがよいですか」

と確認してもらえたことも覚えています。

全盲の私は、物の位置を記憶して移動します。

そのため、椅子や荷物の場所が知らない間に変わると、ぶつかる原因になります。

こちらから細かく説明する前に、位置を変えないほうがよいか尋ねてもらえた。

そのことに安心しました。

旅行先で緊張が続いていると、宿へ着いた時には思っている以上に疲れています。

安心して過ごせる部屋があることで、

「今日はもう大丈夫だ」

と思えました。

5. 盲導犬が自然に受け入れられた

盲導犬と旅行する時、宿泊先や飲食店でどのように対応されるかは、いつも少し気になります。

予約時に盲導犬同伴を伝えていても、現場のスタッフへ共有されていないことがあります。

到着してから説明を繰り返すこともあります。

その旅行では、受付で盲導犬のことがきちんと共有されていました。

必要以上に注目されることもありませんでした。

盲導犬へ勝手に触れる人もいませんでした。

仕事中であることを理解し、普通に接してもらえました。

私にとって「受け入れてもらえた」と感じるのは、特別扱いされた時ではありません。

ほかの利用者と同じように、その場所で過ごせた時です。

必要な配慮はしてもらう。

でも、盲導犬がいることだけで、場の中心にされない。

その自然さがありがたかったです。

盲導犬も落ち着いて休めていました。

私だけでなく、盲導犬にとっても負担の少ない場所だったことが、また行きたい理由につながっています。

6. 食事を自分で選べた

旅行では、その土地の食事も楽しみです。

私は料理を目で確認できないため、店員さんや同行者から内容を説明してもらいます。

その時にうれしかったのは、

「こちらがおすすめです」

と一つだけ決められるのではなく、いくつかの料理を説明してもらえたことです。

魚料理。

肉料理。

地元でよく食べられている料理。

量の違い。

味付け。

説明を聞きながら、自分で選びました。

料理が運ばれてきた時には、

「正面にご飯があります」

「右側が汁物です」

「左側に魚があります」

と位置も教えてもらえました。

少しの説明ですが、自分で選び、自分で食べられる状態になります。

旅行先で食べた料理そのものも覚えています。 
でも、それ以上に、自分の希望を聞いてもらいながら食事を選べたことが心に残っています。

また同じ店へ行けるなら、前回とは違う料理も食べてみたいと思っています。

7. 一緒に行った人との会話が残っている

また行きたい場所を考える時、その場所だけでなく、一緒に行った人との時間も思い出します。

電車の中で話したこと。

道を歩きながら聞いた説明。

食事を選ぶ時に迷ったこと。

宿へ着いて、

「今日は疲れたね」

と話したこと。

何か大きな出来事があったわけではありません。

でも、普段とは違う場所で過ごしたことで、何気ない会話が記憶に残っています。

同じ場所へもう一度行ったとしても、まったく同じ旅行にはなりません。

天気も違う。

季節も違う。

一緒に行く人の気持ちも変わる。

私自身も、その時とは少し変わっています。

それでも、前回の記憶を持ちながら同じ場所へ行くことで、新しい会話が生まれると思います。

「あの時はここで迷ったね」

「前回より波が大きい気がする」

そんな話をしながら歩けたらよいなと思っています。

8. すべてが完璧だったわけではない

また行きたい場所というと、何も困らず、すべてが理想的だったように聞こえるかもしれません。

実際には、困ったこともありました。

駅から目的地までの道が分かりにくかった。

案内が目で見る表示を中心にしていた。

人が多い時間帯は音が重なり、疲れた。

食事の店を探すのに時間がかかった。

予定していた場所を一つ諦めた。

帰りは思った以上に疲れていました。

旅行中には、

「次はもっと楽な場所にしたほうがよいかな」

と思った瞬間もあります。

それでも、また行きたいと思います。

困ったことがなかったからではありません。

困った時に休めたこと。

予定を変えられたこと。

助けをお願いできたこと。

安心できる場所へ戻れたこと。

旅行全体を立て直せたからだと思います。

よい旅行とは、何も問題が起きない旅行だけではないのかもしれません。

問題が起きた時に無理をしすぎず、また楽しめる状態へ戻れることも大切です。

9. 一度行った場所には少し安心がある

初めての旅行先では、分からないことが多くあります。

駅の構造。

道の広さ。

建物の入口。

宿の設備。

食事ができる場所。 
盲導犬と休める場所。

すべてを一から確認しなければなりません。

一度訪れた場所なら、完全ではなくても経験があります。

どのような音が聞こえるか。

どこで困ったか。

何を準備すればよいか。

どのくらい余裕を持てばよいか。

次に行く時は、前回の経験を生かせます。

もちろん、時間がたてば状況は変わります。

工事をしているかもしれません。

店がなくなっているかもしれません。

同じ宿でも、部屋の配置が違うことがあります。

だから、知っている場所なら何も確認しなくてよいわけではありません。

それでも、初めての場所とは違う安心があります。

「前に行けたから、今回も方法を考えられる」

と思えるからです。

10. 前回できなかったことをしてみたい

また行きたい理由の一つは、前回できなかったことが残っているからです。

時間が足りず行けなかった場所。

混雑していて入らなかった店。

疲れて諦めた散歩。

食べられなかった料理。

もっとゆっくり聞きたかった波の音。

旅行中は、すべての予定を実現できるわけではありません。

以前は、行けなかった場所があると、

「せっかく来たのにもったいなかった」

と思っていました。

今は、

「次に来る理由が残った」

と考えることもあります。

全部やり切らなくてもよい。

また訪れた時に、前回とは違う時間を過ごせばよい。

そう考えると、旅行の終わりが少し寂しくなくなります。

次に行く時には、前回より予定を減らし、一つ一つの時間を長く取りたいと思っています。

11. 同じ場所でも季節が変われば違って感じる

同じ場所へ行っても、季節が変われば受け取るものは変わると思います。

風の冷たさ。

空気のにおい。

人の多さ。

波の音。

食べられる料理。

服装。

盲導犬の体調管理。

夏と冬では、旅行の準備も変わります。

私は景色の色の変化を直接見ることはできません。

それでも、季節の違いを感じられないわけではありません。

風や気温。

服が触れる感覚。

虫や鳥の声。

店で出される料理。

人の動き。

そうしたものから季節を感じます。

前回とは違う時期に行けば、同じ場所でも別の印象になるかもしれません。

一度知った場所だからこそ、変化にも気づきやすくなると思います。

12. また行きたいと思える場所には安心と余白がある

私がもう一度行きたいと思う場所には、共通するものがあります。

すべてが便利であることではありません。

完全にバリアがないことでもありません。

必要な時に相談できる人がいる。

分からないことを確認できる。

本人の希望を聞いてもらえる。

盲導犬を自然に受け入れてもらえる。

疲れたら休める。

予定を変えても楽しみが残る。

そうした安心と余白がある場所です。

利用する人が何でも一人でできなければ楽しめない場所ではなく、必要に応じて助けを受けながら、その人なりに過ごせる場所。

そのような環境なら、視覚障害者だけでなく、高齢者、小さな子どもを連れた人、初めて訪れた人にとっても利用しやすいと思います。

また来たいと思える場所は、観光名所の数だけで決まるものではありません。

その場所で、自分が一人の利用者として尊重されたかどうか。

その感覚も大きいと思います。

13. 家族や支援者と一緒に考えたいこと

視覚障害のある人が、

「もう一度あの場所へ行きたい」

と話した時、家族や支援者は安全面を心配するかもしれません。

前回困ったことがあった。

移動に時間がかかった。

盲導犬も疲れていた。

次はもっと大変かもしれない。

そう感じることもあると思います。

ただ、困った経験があったからこそ、次に生かせることもあります。

前回より早く出発する。

混雑する時間を避ける。

宿へ希望を詳しく伝える。

休憩を増やす。

同行援護を利用する。

予定を一つ減らす。

移動方法を変える。

行きたい気持ちを止める前に、どうすれば負担を減らせるかを一緒に考えてもらえるとうれしいです。

一度の旅行でうまくいかなかったことが、その人には旅行が向いていないという意味ではありません。

方法を変えれば、楽しめる可能性があります。

14. 戻りたい場所があることは小さな楽しみになる

次にいつ行けるかは分かりません。

仕事や生活の予定もあります。

費用も必要です。

盲導犬の状態や、同行する人の都合も考えなければなりません。

行きたいと思っても、すぐに行けるとは限りません。

それでも、

「いつか、また行きたい」

と思える場所があることは、日常の中の小さな楽しみになります。

旅行の情報を調べる。
 前回のことを思い出す。

今度は何を食べようか考える。

どの季節がよいか話す。

すぐに予約をしなくても、考えている時間を楽しめます。

また行きたい場所があるということは、過去の楽しかった記憶と、これからの楽しみがつながっているということなのかもしれません。

15. まとめ

私がまた行きたいと思っているのは、海の近くにある、少し静かな場所です。

そこには、今でも覚えているものがあります。

駅を出た時の空気。

少しずつ近づいてきた波の音。

何もしないで過ごした時間。

安心して利用できた宿。

自然に受け入れてもらえた盲導犬。

自分で選ぶことができた食事。

一緒に行った人との会話。

すべてが完璧だったわけではありません。

道が分かりにくいこともありました。

人の多さや音に疲れることもありました。

予定を諦めたこともあります。

それでも、困ったことだけが記憶に残ったわけではありません。

途中で休み、予定を変え、助けを借りながら、自分なりに旅を続けることができました。

だから、また行きたいと思います。

見えない私にとって、同じ場所を再び訪れることは、前回をそのまま繰り返すことではありません。

前回知った音や空気をもう一度感じる。

変わった部分に気づく。

できなかったことを一つ試す。

以前とは違う人や季節と、その場所を過ごす。

そこには、新しい旅があります。

当事者や家族の中には、

「一度困った場所へ、もう一度行っても大丈夫だろうか」

と考える人もいると思います。

前回の困りごとを整理し、次の準備へ変えることができれば、同じ場所でも過ごし方は変わります。

最初より短い予定にする。

安心できた場所を中心に回る。

必要な支援を事前に伝える。

無理をしない時間を作る。

そのような方法もあります。

また行きたいと思う気持ちは、その場所が完璧だった証明ではありません。

困ることがあっても、それ以上に心へ残った時間があったということです。

旅行から帰った時には、

「やっぱり家が一番落ち着く」

と思いました。

それなのに、今ではもう一度、あの波の音を聞きたいと思っています。

今度は前回より少しゆっくりと。

できなかったことを無理に全部やろうとせず、その場所で過ごす時間を楽しみたい。
 そんなふうに考えています。

次回は「全盲の私が病院へ行く時の工夫」について書きます。