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老$の徒然草

老$の徒然草 
もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
This blog is essays in idleness by Oidoru and a trivia expert monologue.      

20170428_182908 2年前、公園に自治会の防災倉庫を設置した。

その時、雑草を刈り取るためにエンジン式の草刈り機を買った。

2サイクルエンジンだから昔のバイクの爆音、そのけたたましい音に笑うしかなかった。

エンジン式の草刈り機は、丸い金属の刃(チップソー)が回転、小石なんか跳ねたら危険!!

作業中は必ずゴーグルを付け、出来れば厚手の前掛けも、

 

とても自宅では使えないので近所の人に貰ってもらった。

あの時は無性にエンジン式の草刈り機を使ってみたかった。

 

市の公園課から公園の清掃業務を受託出来ないか検討した。

今なら元気なじじい5.6人で出来るし、自治会の収入になるだろうと、

しかし、敵もさるもの、手だけ、草刈り機使用では単価が違う、手だけの場合は高く、機械を使ったら安い、作業の内容と単価が事細かに決められている。

結局断念した。

 

index 庭の草刈り機は、BOSCHのを買った。
安いし、他に芝刈り用バリカンや電動工具もBOSCH。

BOSCHのは、丸刃に相当するのが回転するナイロンコード、

エンジン式ほどではないが音が大きい、

扇風機は全く音がしないのに何であんな大きな音がするのか不思議、

ナイロンコードは消耗品、替えは900円。

 

割れ窓理論」とは、アメリカの犯罪学者により提唱されたもので、1枚の割れた窓ガラスを放置すると、割られる窓ガラスが増え、その建物全体が荒廃し、いずれ街全体が荒れて ...

 

庭の雑草も放置しなければ草刈り機なんて不要、

以前、鎌倉のお寺に行ったら、丁度庭掃除の最中、5.6人の人が車座になって小さな雑草を手で抜いていた。

 

近所に芝生の奇麗なうちがある、何とピンセットを使っていた。

窓が破れる前に手を打つ、・・・・

 

今年は、来る日も来る日も雨、

ついつい、やるべきことをサボった。

 

 

 

海外では広大な野原ではラジコン式、庭にはiRobotのような自走式の芝刈り機が活躍。

 

 

暑くなるとところてんが懐かしく蘇る。

昔は何処のうちにも天突きと寒天用の琺瑯ほうろう のバットがあった。

天突きでところてんを押し出すのが楽しかった。

祖母、叔母も入れて9人家族だったからところてん作りは一大行事。

 

これを再現するためには、まず片手桶を手に入れ、そしてプラスチックではなく本格的な木製の天突きを買い、最後に伊豆当たりのところてんを購入。

これで準備万端。

 

今は、パック入りのところてんが売られている。

パック入りの山芋と同じ、手軽と言えば手軽。

いろいろ調べたら、ところてんは、どうも昔より出世、偉くなったらしい、

お中元のギフト商品に格上げされて天突きとのセットで販売されている。

郷愁と体験を売っている?

 

ところてんは天草を煮詰めて作る、更にこれを信州で氷点下で寒ざらし(凍結乾燥)すれば寒天になる。

初めてところてんや寒天を作り出した人は天才だ。

 

ところてんに似たものにくずがある。

こちらは山の幸、鹿児島あたりで取れる葛根くずと言う巨大な木の根っこを使う。

これを水車を利用した杵でパウダー状にする。

福岡県朝倉市の秋月は、小京都として有名、そこで作っているところを見せてもらった。

くずきりは、京都の和のスィーツ、ところてんより高級品。

ところてんもくずも、それ自身には味はないが独特の食感が似ている。

くずは黒蜜、ところてんは酢醤油をかける。

但し、仙台だけは酢醤油ではなく砂糖をかける。

やっと子供達も、楽しい夏休み。
最近の子供達は、親か地区の子供会がおぜん立てしたもので遊ぶ。
私の時代は、子供同士でいろんな遊びをやった。
そのリーダーは、子供の年長者。
スイライカンチョー(水雷艦長)などは、ルールが分からない間は見ているだけ、
遊び方を会得して初めて仲間に入れてもらえた。

老$(オイドル)の徒然草
学校から『夏休み手帳』を貰って帰宅。

その日のうちに『夏休み手帳』に載っている宿題をやって、後は『夏休み手帳』に載っているいろいろな課題を試した。
本なんてなかった時代だから『夏休み手帳』は、ワクワク夢世界。

Wilesco D70 Wilescoアフリカの女王工作が好き、飛行機凧、鉱石ラジオ、ヨット、ポンポン船を作り、最後は蒸気機関でスクリューを回転させるボートにも挑戦した。
このボート、初航海で池の真ん中で炎上、沈没してしまった。
川から灌漑用水を引く大きな貯水槽があり、形が正方形なので我々は桝(マス)と呼んでいた、背は立たないし水は冷たいが、プール代わりになった。
あの頃、男の子は、みんな泳げた。
中学生は、五寸釘を汽車のレールに置いてペッちゃんこしてそれを撃鉄にして銃まで作った。

ベーゴマの買い床という遊びに熱中した。
ベーゴマで勝つ秘訣は、ベーゴマのカスタマイズと“買ったー”と名乗りをあげて参戦、どこに投入するかが勝負の分かれ目。
カスタマイズは、自分で作った竹製の秘密兵器を使う。
ベーゴマをはさんで道路を走り回ってベーゴマを削る。
手早く男巻きが出来ることも必須条件。

小学5年生の秋、東京に引っ越した。
校庭は、コンクリート、ピッチャーが転がしてきたフニャフニャのボールを何と素手で打つ!!
しかも、四角ではなく、三角ベース、田舎から来た私は吃驚した。
もう一つの驚きは、クラスの女の子から〇〇君と君付けで呼ばれたこと、田舎では女の子から声をかけられることもなかったし、〇〇君なんてありえない。

千葉の九十九里に居た時の夏休みは、今でも鮮明なのに、それ以後はこれと言った想い出がない。

コニー・フランシスのヴァケーションを歌っていた弘田三枝子が亡くなった。