夏休み手帳 | 老$の徒然草

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もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
This blog is essays in idleness by Oidoru and a trivia expert monologue.      

やっと子供達も、楽しい夏休み。
最近の子供達は、親か地区の子供会がおぜん立てしたもので遊ぶ。
私の時代は、子供同士でいろんな遊びをやった。
そのリーダーは、子供の年長者。
スイライカンチョー(水雷艦長)などは、ルールが分からない間は見ているだけ、
遊び方を会得して初めて仲間に入れてもらえた。

老$(オイドル)の徒然草
学校から『夏休み手帳』を貰って帰宅。

その日のうちに『夏休み手帳』に載っている宿題をやって、後は『夏休み手帳』に載っているいろいろな課題を試した。
本なんてなかった時代だから『夏休み手帳』は、ワクワク夢世界。

Wilesco D70 Wilescoアフリカの女王工作が好き、飛行機凧、鉱石ラジオ、ヨット、ポンポン船を作り、最後は蒸気機関でスクリューを回転させるボートにも挑戦した。
このボート、初航海で池の真ん中で炎上、沈没してしまった。
川から灌漑用水を引く大きな貯水槽があり、形が正方形なので我々は桝(マス)と呼んでいた、背は立たないし水は冷たいが、プール代わりになった。
あの頃、男の子は、みんな泳げた。
中学生は、五寸釘を汽車のレールに置いてペッちゃんこしてそれを撃鉄にして銃まで作った。

ベーゴマの買い床という遊びに熱中した。
ベーゴマで勝つ秘訣は、ベーゴマのカスタマイズと“買ったー”と名乗りをあげて参戦、どこに投入するかが勝負の分かれ目。
カスタマイズは、自分で作った竹製の秘密兵器を使う。
ベーゴマをはさんで道路を走り回ってベーゴマを削る。
手早く男巻きが出来ることも必須条件。

小学5年生の秋、東京に引っ越した。
校庭は、コンクリート、ピッチャーが転がしてきたフニャフニャのボールを何と素手で打つ!!
しかも、四角ではなく、三角ベース、田舎から来た私は吃驚した。
もう一つの驚きは、クラスの女の子から〇〇君と君付けで呼ばれたこと、田舎では女の子から声をかけられることもなかったし、〇〇君なんてありえない。

千葉の九十九里に居た時の夏休みは、今でも鮮明なのに、それ以後はこれと言った想い出がない。

コニー・フランシスのヴァケーションを歌っていた弘田三枝子が亡くなった。