「日記の日」は、1942年、アンネ・フランクが、この日に日記を書き始めたことに由来する。
世界中で日記文学というジャンルがあるのは日本だけ、日本人ほど日記を書く国民はいないと言われている、
だから年末には日記帳が書店に並ぶ。
私も会社を辞めた63才からパソコンで10年間日記を書いた。
その後ブログを始めた。
最近読んだ日記・蜻蛉日記(勿論現代語訳)が面白かった。
平安貴族の夫婦は別居生活、当時の夫婦の愛憎が良くわかる。
墨東綺譚は読まれなくなったが荷風の日記「断腸亭日乗」は今でも読み継がれ、この日記をネタに書かれた本は数十冊に及ぶ。
官憲の目を欺くために日記を下駄箱に隠したり、空襲が激しくなるや知人に預けて戦火を潜り抜けた。
永井荷風は、大の大人が用もないのにぶらぶら街歩きをした最初の人間と言うことになっている。
東京の街歩きをテーマにしたムック本「荷風」まで発刊された。
これは、荷風のエッセイ、日和下駄が下敷きになっている。
この頃、よく荷風の詩を噛みしめる、それが「草の花」(荷風76才、死ぬ3年前の詩)
生まれしが歎きのもとと知りながら、病めば猶薬のみつつ今日も暮らしつ。
君よ 笑うなかれ、この年月語りしわが言葉皆いつわりなりと。
世をいといつつも生きて行く矛盾こそ、人の世の常ならめ。
生を呪いながらも人の世には、瞬間のなぐさめあり、束の間のよろこびあり。
君よ 笑うなかれ、この年月語りしわが言葉皆いつわりなりと。
世をいといつつも生きて行く矛盾こそ、人の世の常ならめ。
生を呪いながらも人の世には、瞬間のなぐさめあり、束の間のよろこびあり。
ミュッセの詩を読みし時の心はそれならずや。
モザルト(注・モーツアルト)
ききし時の心地はそれならずや。
詩を読み楽を聞きて、われ猶わかしと思う時の心地はそれならずや。
言いがたき此よろこびに酔わされて、われ病みつつも死なで在るなり。
死を迎えながらも猶死をおそる、枯れもせで雨に打るる草の花
萎れながらに咲くわが身か。
君よ。
道端の花踏むなかれ。
摘録 断腸亭日乗〈上/下〉 (岩波文庫)/岩波書店 <ムック本>


