ガイアナ、アルゼンチン、ボリビア | 老$の徒然草

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もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
This blog is essays in idleness by Oidoru and a trivia expert monologue.      

その国の音楽を好きになってその国を知り更に日本との意外な関係を知ることになる。

よく聴いてきたロックを別にすれば南米のアルゼンチンタンゴとボリビアのフォルクローレがこれにあたる。

しかし、サンバやボサノバは興味がないので南米の大国・ブラジルは外れる。

 

ガイアナは、時々テレビに奇怪なテーブルマウンテンや熱帯雨林の特異な動植物が取り上げられる。

しかし、小さな国なのでこれ以外のことは何も知らない。

ところが今、この国が俄然脚光を浴びている。

 

・海底油田が見つかって今世界で最も高度成長中。

・南米唯一の公用語が英語☚イギリスの植民地だった。

・車は殆ど日本車。

 こういう小さな国にも日本の自動車メーカーは一所懸命なんだと感心した。

 今、自動車がこけたら日本は大変、国内市場はシュリンクしていくので地球上の隅々まで販促

 しなければならない、

 日本車メーカーは、それを忠実にやっているようだ。

 

(自動車情報サイトの米アイ・シー・カーズは、アメリカで長く乗り続けられているクルマの番付を発表。

ランキングは15位まで発表されているが、全車種をトヨタなど日本ブランドが占める結果となった。)

 

 

アルゼンチン

戦前、地下鉄銀座線はブエノスアイレスと同規格を導入、今中古の丸の内線の赤い電車がブエノスアイレスで使われている。

日露戦争直前、発注済みの戦艦を日本に譲ってくれた。☛日本海海戦でロシアに勝利。

その艦船にはピアノがあり、最近、そのピアノをアルゼンチンに送り届けた。

戦後、日本ヘの多大な援助。

その当時のアルゼンチンはGDP10位の裕福な国、

援助のきっかけは大統領夫人・エヴァペロンが日本食レストランの歌手だったから。

 

ボリビア

戦後沖縄から移住した日本人入植地が二つあり日本語が通じる。

密林を開拓した日本人は尊敬されている。

日本人が住む現地を訪れたルポ(科学研究費の交付を受けて移民の歴史を追った調査書)を読んだ。

日本以上に日本を意識した教育をやっていた、春夏秋冬の行事を何十年もやっている、そしてみんなでお金を出し合って日本から若い先生を呼んでいた。

半分は学術書だが読んでいて目頭が熱くなった。