サードキャリアの挑戦と安全

 

2025年7月27日  大圖健弘

 筆者には30歳前の息子がいる。その息子は近年、ある合唱団に参加して活動をお子練っている。その合唱団が先週、あるプロの交響楽団と難解な「レクイエム」の公演を行い非常に好評を博した。その合唱団では、公演を行う際にはすべて暗譜であり、当日も、1時間を優に超える演奏曲目をほぼ完ぺきに暗譜で演奏していた。それでも、大変なことであるのに、9月には3時間近い大曲に挑むという。

 本職でもない息子がこのような公演に参画するのはまさに、挑戦というほかなく、すべてを暗譜し、間違いなく演奏することは勿論、その中でその曲としての芸術的な背景を理解し、指揮者の要求にこたえて演奏していくことは並大抵のことでは達成できない挑戦ではないかと思う。

 ここで、この話をさせていただいたのは、サードキャリアのおける挑戦が考えるにあたって、こうした挑戦ではないなと思ってのことである。サードキャリアを考える私たちの年齢にあっては、若い頃と違って、残念ながら体力的にも、記憶力等について考えてみても衰えを考えざるを得ない。その中で挑戦をするといっても無理をした挑戦はなかなか難しい。息子の例を考えるとそもそも3時間にも及ぶ演奏に耐えられるかどうか疑問であるし、それをすべて記憶するということもまず難しい。勿論何度か演奏していれば別であるが、それにしても、演奏する機会自体がそんなに多くなく、なかなか挑戦できない代物である。その中で、失敗すると、個人の演目ではないを言うことから、多くのメンバーに迷惑をかけてしまう結果に終わってしまう。たとえ、個人が満足する内容でも、多くにメンバーに迷惑をかける結果に終わっては、全体としての満足を得ることは難しい。

 こう考えると、サードキャリアにおける挑戦はおのずから安全を視野に入れながらのものでないといけないなということを強く感じる。勿論、よく目にする年配者の無謀な登山による事故などもそうであるが、ただ、挑戦してみたいからという思いで挑戦して、人に迷惑をかけたり、自分が危険な目に遭ったりすることは、是非避けなければならない。身が危険にさらされるということだけでなく、周りに迷惑をかけるということも避けなければならないことなのだ。独りよがりの挑戦でなく、第三者に迷惑をかけない安全な挑戦ということがサードキャリアに求められることだと改めて思う今日この頃である。

 

                              以  上