今日8月15日は、日本の戦勝記念日。
バングラデシュでは、National Mourning Day
バングラデシュ建国の父と呼ばれるムジブル・ラーマン初代大統領が暗殺された日として、バングラデシュの公休日とされてきました。

そう、8月13日までは。

しかし前日の昨日、8月14日には、この日を国の公休日ではなく、平日とすると発表がありました。

何故か?
それは…ムジブル・ラーマン初代大統領が、建国の父であると共にシェイク・ハシナ前首相の父親であるからです。

実際にハシナ首相の肖像画が滅茶苦茶にされる中、国中にあったムジブル・ラーマン初代大統領の銅像や絵も燃やされたり壊されたりして今は撤去されています。

8月8日に暫定政権が樹立されたことにより、デモ等の状況については落ち着きを取り戻しつつありますが
前首相だけでなく、建国の父まで攻撃の対象にして徹底的に排除する動きには、正直少し恐ろしさを感じています。

今まで歴史の授業で、ムジブル・ラーマン初代大統領はバングラデシュを独立に導いた最も偉大な人だと教えられてきた子どもたちは、今その偉大な人を皆が貶めている姿を急に目の当たりにし、とても戸惑っています。

今まで大人たちから教わってきたのは何だったのか…
私だったら何も信じられなくなってしまいそうなくらいの手の平返し。

戦前と戦後ではどこの国でも歴史が変わると聞きますが、まさに途上国で政権が代わるということは、
昨日まで白だったものが今日から黒になり
黒だったものも白になることなのだと、
如実に感じています。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」
歴史はいつも勝った方が書き換えていく…
明治維新の薩長軍と幕府軍の戦いがそうだったように、勝てば正義となり、負ければそちらが反乱者となってしまう。
今回のこの騒動でも、今まで官軍だった政府が悪となってしまいました。

私個人の意見として、ハシナ首相については政権のトップとして確かに行き過ぎた独裁や失言の過ちはあったかもしれませんが、この国を独立戦争後ここまで引っ張ってきたことへの貢献も感じていますし、ムジブル・ラーマン初代大統領についてはハシナ首相との血縁は関係なく建国の父として引き続き敬意を払いたいと思っています。

ただ、やはりハシナ政権の経済成長の恩恵を受けた人々は限られていて
多くの民衆は貧困にあえぎながら暮らす中で、前政権への不満がそれだけ水面下で溜まっていたのだと思います。
それが溢れたのが、今回の騒動だったのではないかと。

願わくば、新しい政権は言論や思想の自由を尊重する政府であってほしいと心から願います。