クシュティアでの夜が忘れられない。

 

正確に言うと、クシュティアで聞いたバウルの音楽が…

ダッカに帰ってきた今も、ずっと心に残っている。

 

もう行ってきてから2週間くらい経つのですが

すごく澄んだ美しい空気、満点の星空、

そして吟遊詩人バウルの歌声…

 

歌声だけじゃない、歌う時のあの表情、あの眼差し

ひとつひとつの素朴な楽器が奏でる音の集合体…

すべてがわたしの心と身体に染み渡り、細胞を刺激する魅力的な体験でした。

 

帰ってきてから書きたいと思いつつも、なんだか整理できずに日常に戻り書けなかったのですが

最近見に行った文化プログラムでたまたまあの日に聞いた曲をまた聞いて、心の奥にあった気持ちが再燃しました。

 

 

そもそもバウルってなんぞや?って話ですが

ベンガル地方に昔から存在する、

吟遊詩人的な自由奔放な芸能集団。

 

吟遊詩人、なんて聞くとRPGの世界観が思い浮かぶし
芸能集団なんて書くとなんだかサーカスみたいで楽しそうですが、

実際は神秘主義的な思想を精神と身体を鍛錬することで追求していく、この世界や人間の真理を追い求めるという道を歩む人々、というかんじでしょうか…。

 

<クシュティア ラロン聖者廟で歌うバウルの皆さん>

 

彼らの風貌を一言で言うなら「世捨て人」。

修行僧みたいな色褪せた白い服、長く伸ばした髭や髪の毛、その中から覗く力強く光る深い眼差し…

グルと呼ばれる師匠がいて、弟子にその歌やバウルとしての宗教儀礼は伝えられていく。

 

彼らはいろいろな家を回りながら歌を歌い、喜捨をもらいながら生活していると言われています。

でも、歌っているときの満たされた、もしくは満たされない何かを追い求める表情を見ていると、

そういう現実の困難なことを全て踏まえた上で、皆心から今の自分の生き方や思想を信じ

あらゆる抑圧から解放されて、自分の心の声に従って歩まれているのだなと感じます。

「人間の肉体は、真理の容器」 というのがバウルの信仰で
わたしたちは果てしなく広がる宇宙の中に存在する小さなひとつであり、またその小さなわたしたち自身の中にも果てしない宇宙が存在する

人間という小宇宙の中に存在する真理を見出す道  それこそがバウルの道であり、歌であります。

 

そんなわけでバウルの歌には謎めいた言葉や、秘密の暗号が散りばめられています。

5年間ベンガル語を学び、日常会話にはだいたい不自由しなくなったわたしにも分からない言葉がたくさん出てきます。

でも不思議と…その歌声には、言葉が分からなくても魂を揺さぶられるものがあって。

 

2012年、住み始めた年に、村で夜月明かりの下でバウルの歌を初めて聞いた。

なんて歌ってるか全然わからなかったし、バウルがなんなのかも知らなかったけど

太古から伝わる人間の真理の音楽が伝わったのでしょう、鳥肌が立って涙が溢れた。

その後、シュンドルボンに向かう船の上で、友人の結婚式で…

有難い事に何度か拝聴する機会がありましたが、その度にその時々の自分にとって

大切なインパクトとなる音楽とメッセージを与えてもらいました。

 

今回はベンガル世界でも最大級の詩人として知られ、今でも熱狂的な信者を持つ「ラロン・シャハ」の聖者廟(お墓)に行く機会があり、そこでラロンを慕うバウルの方々の歌を聞くことができました。

実際にバウルとして宗教的な実践を行っていたラロンは、生前にたくさんの歌を作り、その歌にはクシュティアの自然の美しさと共に宗教や生まれた階級にとらわれないという哲学が込められていて、歌詞に度々出てくる宗教を超えた「人間主義」は今でも多くの人々を魅了しています。

 

生まれってなんだい?

よく聞くけど、そんなもの今まで見たことがないよ
違う宗教のやつと仲良くしたからって 

何が一体問題なんだ?
そんなことより、この世の中で 本当にすべき仕事を 

誰もしていない 誰も賛同しない

その方が大問題じゃないか

 

ベンガル地方とは、南インドからバングラデシュにかけての地域を指していて、ヒンドゥー教とイスラム教という二つの宗教が、今よりも更に色濃かった時代に

こういう歌を創ったラロンというひとは、そうとうロックな精神をもった方だったのでしょう。

 

この日の最後の歌は「ミロン」という歌で

日本語で言うと ご縁、絆、関係…のような意味の曲。

心の中にいるあなた(そしてわたし)と、またいつ会えるでしょう、

という人生の出会いと別れと、ご縁の不思議と…が詰まった、素晴らしい歌でした。

 

今回はたまたまお仕事で連れ来てもらい、こんな素敵な体験もでき本当に幸運でしたが

ここクシュティアでは毎年ラロンの信者のバウルたちが集まり一晩中歌い明かすというお祭があるそうで

またその時はここに来て、夜を明かしてこのバウルたちが奏でる音楽の世界に心ゆくまで深く、深く…身を委ねたいと思います。

 

 

時代と共に、移りゆくものがあるのは世の常ですが

時代が変わっても、受け継がれていってほしい。

そんなバウルの、魂の歌でした。