37歳で急性虫垂炎(いわゆる盲腸)になりました。

この記事は、そのときのことを時系列で克明に書いた体験記です。

 

 

盲腸体験記①運命の変わり目 →ココ

盲腸体験記②盲腸判明・即入院

盲腸体験記③術後と不思議な体験

盲腸体験記④星的な考察

 

1月20日(月)

早朝、気持ちが悪くなり目が覚めて嘔吐3回。下痢2回。

夫が一週間前に同じ症状で苦しんでおり、胃腸炎と診断されていたため、自分も胃腸炎にかかってしまったのだなと思う。

24日から成田で一泊し25日にはシンガポールへ行くことになっていたため、3日で治すと固く決意する。

少し寝て8時頃熱を計ると38度を超えており、関節痛がある。

9時ごろ病院へ。

 

病院では熱を計り、血圧を計り、採血をしてもらう。

一週間ほど前に夫がお世話になった病院であり、ほとんど同じ症状を訴えていたため、先生もわたしも、胃腸炎で納得。

嘔吐を3回したあとは吐き気も薄れており、薬を飲んで安静にしてればすぐ治りそうだなと思った。

 

1月23日(木)

20日に発症した胃腸炎は翌日にはほとんど治っていた。

22日は普通の食事に戻り、薬も飲み忘れていた。

しかし、23日の明け方頃から、胃のあたりがぎゅ〜っと重苦しく、眠れない。

20日に処方されていた大腸のけいれんを治す薬を飲んでみたが、全く効かず、とりあえず、寝ておく。

悪寒もあり、体温を計ってみると、37度6分。

胃腸炎が治り切っていないのに、調子に乗って食べ過ぎたのか?

薬を1日飲み忘れてしまったのがよくなかったのか?

この日の10:30から20日に受診した病院に再度診察に行くことになっていて、そのときに、このことについて相談して薬をもらおうと思った。

 

10:30〜 近所の個人病院

まだ熱があることに、受付の方が驚いていた。

先生にお腹が痛いということを話すと、とりあえず採血をしてみましょうか、と言われた。

病院ってこんなに採血するっけ??ここってとにかく採血だなあと思った。

採血の結果、白血球が1万3千まで上がっていたことが判明。

20日の2倍だった。

「ここではこれ以上わからないので、紹介状を書くから、もう少し大きなところでCTをとってもらってください」と言われる。

明日からシンガポールということは伝えてあった。

優しい雰囲気の先生なので「大げさかもしれないですけど、ちゃんと診てもらって、なんともないって言われてシンガポール行った方がいいでしょ?(*^^*)ニコニコ」という感じで、わたしも「これから荷物の準備とかいろいろあるのになあ」と思いつつも、しぶしぶ、紹介状を書いていただいた病院に行くことにする。

 

14:00〜 車で10分くらいの少し大きめの病院

お腹の痛みは、だんだんと収まっていた。

痛みは胃のあたりから、だんだんと下部へと移っており、これはもう食べ過ぎによる便秘に違いないと思っていた。

便秘を治す薬をいただいて早く帰ろう。

そして急いでシンガポールの荷造りをしないと!ワクワク!

 

女性のH先生の診察。

20日に胃腸炎と診断されたこと、23日になって白血球の数値が上がったことなどを話す。

明日からシンガポールという話も。

今日はこの話ばかりしているのでした。

 

CTをとったあと、画像をみながら説明される。

H先生は、「胃の中に食べ物がいっぱいで、腸にも便がいっぱいです」とお話しくださった。

恥ずかしいが、そのとおり。

お昼にうどんを食べたので、うどんがいっぱい写っていました。

 

「まだ、腸炎が治っていないのでしょう」

「そんな状態で、いっぱい食べたらだめです」

 

あ、なんか怒られてるっぽい感じになってきた。

やばいやばい。

 

「調子に乗ってたくさん食べてすみません。ということは、これは腸炎がまだ治ってない、ということなんでしょうか?」

 

H先生「そうですね」「それから、卵巣も腫れているように見えます。これのせいで白血球が異常な数値を出している可能性もあります」

と、新たな疑惑が発覚した。

 

わたしは、腸炎がまだ治ってないくらいなら、シンガポールに行く気だった。

だが、腸炎以外の全く別の原因で体調不良が起きているなら、話は別だ。

 

H先生「婦人科に行って調べてもらわないといけません。うちではこれ以上わからないので」

 

え、また病院行くのかい。

このうえなくめんどうくさい。

でも、行け、と言われたら行くしかない。

婦人科で、なんともないことを証明しないと、安心してシンガポールへは行けない。

紹介状をお願いし、行ける病院を探してもらった。

 

その紹介状とお会計を待っている間に、再度呼び出された。

ここでわたしの運命が大きく変わった。