今の自分と去年の自分を比べると、
去年は、まだまだ摂食障害が色濃い印象。
その差を考えると、やはり前記事の通り、
今は食べたい気持ちに従うように意識しているから。
避けがちだった揚げ物。
よく作って食べるようになりました。
やっぱり揚げ物って、美味しいわ。
揚げ物の日は、家族も大喜び。
ドレッシングもノンオイル限定はやめて、好きな味のものを軸に選んでいます。
食べたい欲が止まらない日は、もう気が済むまで食べたいものを食べます。
かなり自分でも普通の食生活を送れているやないかと思っています。
さて、タイトル通り。
聞かれてもないのに、臆面もなく自分の今の体晒します( ´Ꙩωꙩ` )
特に人を惑わせる体重でもなんでもないので、注意は必要ないと思います。
体重は、53-58キロの間を行ったり来たり。(三連休後や旅行後は大体58キロになってる)
平均は55キロ。
身長が165㎝なのと、骨格がしっかりしていて、下半身が太く、ガッチリの中肉中背。
後7-8キロ減らせれば、もう少しスタイル良く見えると思いますが、もうええんですわ。
何かの拍子で体重が減ってくれたらラッキーやけど、
今の食事内容であれば、過食衝動が起こらず暮らせるようなので、これで良いと思っています。
実際ね、今の体重になって。
私が太っても痩せてもね、他人にとったらそんなんどーでもいいことでした。(あたり前か…)
誰の態度も変わらんかった。
と言うか、私が痩せてたことなんて皆忘れてるわ。
結構、頑張ってたのに…
周囲の人の会話を聞いていると(盗み聞き)、
体型って人の噂話には確かにされやすいです。
けど、その程度。
噂話ってそんなもん。
それよっか、
職場なら、仕事に対する姿勢や知識。
プライベートなら、ライフスタイル。
どちらにおいても、内面的な理由が先にあり、そこに体型が付随されて揶揄されることが多い気がします。
(一部の人を除いて、大多数の人にとって、この広い世界の日本の何とか町に住んでいる○○さんの身長と体重なんて、興味もないしどうでもいいことやと思います。)
好きじゃない人の悪口なんて、みんないっぱい思いつくんですよ。
そこに体型が乗っかってるだけで、体重なんて人を評価するにあたっては全然重要じゃない。
極論、モデルさんであったとしても、体重は職業として評価されるだけであって、人としての評価はできんと思います。
職場なら、人を評価するのに体重なんて無関係。
柔軟性があって、臨機応変に仕事ができる人の方が良い。
プライベートでも、体重とかどうでもいい。
モラルと協調性のある笑顔の素敵な人が良い。
どちらにせよ、体重を人の評価の判断基準にはまずしない。
人柄が大切やって思います。
拒食と過食嘔吐を続けていた時は、
ほんの数ヶ月で体重の増減が20キロ近くありました。
ほんと心身共にキツかった。
生活が食に振り回されて満身創痍でした。
拒食で低体重維持してもどこかで食べたくなるし、
過食に転じてしまったらもう歯止め効かず体重が増える。
それを何度も繰り返していました。
痩せたいのに食べ物のことばっかり考えて、人の体型や食事内容が気になって、
食べ物と痩せる方法しか考えていない自分にほとほと嫌気がさしていました。
もはや、こんなにしんどい思いをして痩せなあかんことへの意味が見いだせない。
体型やら痩せへの執着は、単に自分のせっまい世界でのルールであって、他人にとっては無意味この上ないことに気がついたから。
一度ね、過食嘔吐なしの生活を経験して、低体重に後戻り出来ひん体重まで来ると、もうその楽さと平穏な日々と健全な思考を手放したくなくなりました。
美味しいもん食べて、
平和に暮らして、
自分の適正体重を維持して、
体重にのみ向けられていた視野が広がって…
私は痩せてたころの自分の考え方より、今の自分の考え方の方が好きです。
もうすぐ四十歳。いわば人生の折り返し地点。
自分の人生振り返った時に、体重と食と酒と吐瀉物の思い出しかない人生なんて、あんまりにも虚しい。
これも体重にこだわることをやめられた、考え方の1つだと思います。