心地のよい、あの声が聞きたい。
真っ直ぐな、あの瞳が見たい。
あたたかいあの手に----、もう一度----
そんな思いでみんな、咎めることも、否定することもできなかった。
禁忌を犯すことを。
そう、みんな、必死だったんだ-----。
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「----ドンへ」
青ざめる俺に、怒ったような顔でシウォンが言った。
「つまらないこと、考えるな。…おまえは幽霊じゃない」
力強い声に、体が軽くなる。
鼓動の音を聞きながら、俺はシウォンを見つめた。
「俺たちの誰も死んでなんかいない。----行こう」
シウォンの背中に続いて、俺たちは合宿所に戻った。
門限を破ったことについて、先生にこってりと絞られた。
「勝手な行動をするなと言っただろう!遊び半分で合宿に来てるなら帰れ!!」
顔を真っ赤にして、イ・スマン先生は怒った。
合宿の引率の先生は、スマン先生と新婚のイトゥク先生だった。
2人とも体育の先生だ。
イトゥク先生は話の分かる人で、明るくて優しいけれど、スマン先生は怒りっぽくて陰険な人だから、みんなに嫌われていた。
そのスマン先生に俺たちは叱られていた。朝の集会の時、みんなの前で立たされてた。
早くご飯を食べたいのに----という迷惑そうなみんなの視線が申し訳なくて、俺は小さく背中を丸めた。
「すみません……」
俺はちらりと郷土研究部の顔を横目見た。
うつむいているのは俺とソンミン先輩くらいで、シウォンは顔を上げて、リョウクは欠伸まじりに、イェソン先輩に至っては半分寝ている。
ちゃんと謝らないと、お説教が終わらないのに…。
俺はハラハラしながら彼らの顔と床を代わる代わる見やった。
「真夜中に抜け出して、どこに行っていた!何をしていたんだ!」
「申し訳ありません」
至極納得のいってない顔で、リョウクが口を尖らせる。
「花火でも持ちこんで、川原で遊んでいたんだろう!後で荷物検査をするからな!」
「え?!…横暴な」
リョウク…、お願いだから黙って…!
「なんだと!?」
案の定スマン先生が唾を飛ばして怒鳴る。
「訪問させて頂いた村で夜中に花火?そんな幼稚な発想するのは貴方くらいだ。少なくとも僕にはないね」
馬鹿にするようにリョウクは肩をすくめた。
カッとしたスマン先生が手を振り上げて、俺は息を飲んだ。
----当たり前のように、リョウクは頬をぶたれた。
「リョウク……!」
衝撃に耐えられずぐらついた華奢な肩を、俺は受けとめた。
「スマン先生……」
「口答えをするからだ!」
咎める口調のイトゥク先生に、スマン先生は居直ったように言う。
腫れた頬のままリョウクは口端を上げた。
「……体罰教師」
リョウクの口調は、さらにスマン先生を馬鹿にしたものになっていた。
スマン先生は耳まで真っ赤だ。
ドンッとリョウクを突き飛ばして、先生は吐き捨てる。
「詐欺師の息子には、このくらいで十分だ!」
「………」
言葉を失ったリョウクの背後で、くすくすと、生徒たちから笑い声が上がった。
俺の視界の端で、シウォンが振り返ったのが分かった。
----シウォンが、どんな顔で、友達を笑った彼らを見やったのか、想像がつく。
リョウクは、町で1番のお金持ちで偉い政治家さんの1人息子だった。
子供の頃からリョウクの周りにはたくさんの人がいて、大人も子供もみんな彼をちやほやした。
その輪の中で、リョウクはいつも王子さまみたいに威張っていた。
人を傷つけるわがままは言わないし、陽気で社交的だったから、ちょっとくらい偉そうでも、みんなリョウクを好きだった。
リョウクの傍にいると、面白い話を聞けたり見たことのないものを貰えたりしたから。
彼が話題を振ってくれると、その日だけヒーローみたいになれて、みんな喜んでいたんだ。
だけど有名な政治家だったリョウクのお父さんが、ある日突然、汚職政治家として新聞を賑わせた。
リョウクのお父さんは辞職して、偉い人でも何でもなくなった。
その時からリョウクの周りには誰もいなくなってしまった。
遠くで----、笑う声がするだけ。
「……ふん」
鼻を鳴らしてリョウクは頬を背けた。
リョウクは絶対に、人前で傷ついた顔をしないのだ。
「おまえらがそのつもりなら、ここで荷物検査をしてやる。今すぐに荷物を持ってこい!」
絶対に嫌だ、と俺は思った。
旅行鞄の中身なんて人に見せたくないものだって入ってる。特にスマン先生になんて見せたら、どんなものだって文句をつけられるに決まっている。
拳を握りしめる俺に気付いたのか、遠慮がちにソンミン先輩が口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだ!文句があるのか!」
「ぼ、僕が連れ出したんです…。に、荷物検査なら、僕…だけで…」
もちろん、嘘だ。ソンミン先輩の言葉に、俺たちは驚く。
「決まりを守れなかったのは、こいつら全員だ!」
雷のような怒鳴り声にソンミン先輩はびくっと背中を震わせた。
ソンミン先輩の顔は真っ赤で気の毒なほど緊張していて----。
本当はみんなの前で喋ることだってソンミン先輩にはとても苦痛なんだ。
初めて会った人とは、まともに喋れないくらいなんだもん。俺と目を合わせてくれるようになったのも、つい最近のことだ。
「そんな風にいい加減に生きてるから、おまえはダメなんだ。いくら教師より賢い頭を持っていてもな」
ぺちぺちと頬を叩かれて、ソンミン先輩はもっと顔を赤くした。
ソンミン先輩は日本中が知る天才児だった。
よくテレビに出て、見世物のように難しい公式をスラスラ解いたり、円周率を億単位の桁で言わされたりしてた。
大昔の天才学者と同じくらいIQがあることを研究所で調べられたりもしたらしい。
だけど10歳くらいの時----、生放送中に計算ミスしてしまった。
ミスの一度くらい誰だってあること。
だけど、テレビの司会者も、家族も友達もみんなソンミン先輩にがっかりして、テレビを見ていた日本中の人たちは先輩を笑いものにした。
その日から----、ソンミン先輩は人前で上手く喋れなくなった。
「…す…すみません……」
先輩の消え入りそうな声とうつむく横顔に、俺は切なくなって、スマン先生にむっとした。
そんな俺の顔つきが先生は気に入らないようだった。
俺の目の前に立って、威圧するように指をさす。
「イ・ドンへ、おまえもおまえだ。こんな奴らと付き合ってるから、だらしなくなるんだ」
----「へぇ、そうですか!先生のお説教聞いてる方が、耳が腐りそうだ!」
…こんな台詞、言えるわけがない。
俺は普通の家の、普通の子供だ。
それに、みんなとつるんでるわけじゃなくて、俺は純粋に郷土学が好きなだけだ。
でも、スマン先生には、どうしようもなく腹が立つ。
俺は精一杯の勇気で、キッと先生を睨んだ。
その時、イトゥク先生が、ひかえめに声を上げた。
「スマン先生、皆の前で荷物検査なんて。朝食の時間も無くなりますし……」
「口を出さないで下さい。新婚で浮かれているみたいだが、ケジメは付けなくてはならん!」
イトゥク先生は一瞬、鬼のサーブをする時の顔になったけど、額に青顔を浮かべてにっこり笑った。
「荷物検査は私がします。朝食をすませないと、他の生徒のスケジュールや、村の方にまで、ご迷惑をお掛けしますから」
「まったく……」
ふん、と鼻から荒い息を吐いて、スマン先生は渋い顔をした。
八つ当たりのように、どん、とイェソン先輩の肩を拳で叩いた。イトゥク先生を始め、全生徒が、ぎょっと青ざめた。
「おい、キム。おまえ、隠すなよ」
「………」
「1番危ないものを持ちこんでるとしたら、おまえに決まってるからな。死に損いの社会のゴミが」
「………」
鉄拳が繰り出されるんじゃないかと、びくびくしている人たちをよそに、イェソン先輩は目を逸らしただけだった。
イェソン先輩はヤンキーだった。
暴走族のヘッドだったとも、ヤクザの後ろ盾があるとも言われている。
ライバル校を制圧したとか、女の子を妊娠させたとか、サラリーマンを狩って殺したとか、つまり、そういうよくない噂が、彼には付き纏っている。
実際、彼は学校にあまり来なかった。悪そうな人たちと一緒にいるのを、俺も何度も見たことがある。
だけど、去年の終わりから、イェソン先輩は、真面目に学校に来るようになった。
噂では、バイク事故を起こして一緒にいた友人が死んでしまったらしい。本人も大怪我をしたとか。
らしいとか、みたいだとか、イェソン先輩に関しては、何かもが噂だ。
だって、イェソン先輩はどんな時も黙っていた。
悪い噂がある時も、更生した後も、今、社会のゴミだと言われた時も。
彼はずっと、1人で黙っていた----。
「食事の後、郷土研究部は荷物検査だ。詳しいことはパク先生に聞くように。---おまえたちも席に着け」
スマン先生のお許しが出て、俺たちはようやく朝食の席に着いた。
みんな、スマン先生の言葉に、怒っているような、悲しそうな、悔しそうな----、そんな感情が入り混じった顔をしていた。
もちろん、俺も。
to be continued...