
警察が失業する日
――悪の消えた世界で人は何を見るのか――
近未来。
まず、街角から交番が消えた。
次に、警察署が縮小や統合を繰り返し、多くの警察官と職員が職を失った。
麻薬取締局は真っ先に全滅した。
大麻も覚醒剤も、もはや取締る必要がなくなったのだ。
警備会社も次々と解散し、交通誘導員だけがわずかに残った。
サイバー犯罪も、詐欺も、もう存在しなかった。
理由はただ一つ。
人が犯罪を起こさなくなったからだ。
自動運転が普及し、交通事故は過去のものとなった。
AIが生活を保証し、誰もが衣食住に困らない社会。
貧富の差は解消され、詐欺も窃盗も成立しない。
裏社会も、弁護士も、裁判官も、そして裁判所さえも、次第に姿を消した。
だが、職を失った人々は困らなかった。
社会はすでに「働かなくても生きられる」仕組みを完成させていた。
元警察官は釣りを楽しみ、元検事は陶芸に没頭し、元裁判官は子どもたちに読書を教えた。
ニュースでは毎日、「犯罪件数ゼロ」が続いていた。
それは、理想のような世界だった。
しかし、この平和には“もうひとつの理由”があった。
――人間が、死後の世界をリアルに体験できるようになったのだ。
量子力学の進歩により、「死後の次元」が科学的に証明された。
死後の世界は実在し、そこでは生前の行いをすべて自分自身が体験する。
他者を傷つけた者は、その痛みをそっくり味わうことになる。
善意を重ねた者は、光に包まれるような幸福を感じる。
この発見が公表された瞬間、世界は変わった。
人々は悪の誘惑を断ち切り、善なる競争が始まった。
高齢者を助けること、動物を救うこと、地域を支えることが、新しい誇りになった。
「いかに人のために生きるか」が、評価される時代となった。
それでも、誰かが言った。
「悪がなければ、世の中はつまらない」と。
だが――もし、自分の子どもが目の前でナイフで切り刻まれても、
その言葉を口にできるだろうか。
悪は、人の心に潜む影だ。
そして、人はようやくその影を超えた。
いつか、人間が突然変異のように意識ごと変わる日が来る。
それは、遠い未来ではなく――
もしかしたら、明日なのかもしれない。
🪶あとがき
この物語は「悪の存在意義」を問うために書きました。
もし人が完全に善に傾いた時、それでも“生きる意味”は残るのか。
文明が進み、死後すら見える時代になっても、
最後に試されるのは「心」なのかもしれません。