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「金魚の糞」という言葉がある。
会社員時代、私はその光景を何度も目にした。
某住宅メーカーに勤めていた頃のことだ。新年会、親睦会、忘年会――会社行事の名のもとに、いわゆる飲み会が頻繁に開かれていた。私は酒が飲めない。それでも付き合いとして参加していたが、そのおかげで、逆によく見えてしまうものがあった。
社長が動けば、その後ろを追う重役や部長たち。ニコニコと愛想を振りまきながら、ビール瓶を手に上司に酒を注ぎ回る部下たち。まるで絵に描いたような光景だった。
酔っていない私には、それがどこか滑稽に映った。心からそうしたい人間が、
どれほどいるのだろう。
顔では笑っていても、本音は別のところにあるのではないか。
腰を低くし、上の者に頭を下げ続ける姿に、私は違和感を覚えていた。
一方で、現実も見えていた。
そうした「胡麻をする人間」が、必ずしも仕事ができるわけではないのに、出世の階段を早く上っていくという現実だ。
ある年の宴席でのことだ。
社長は創業者ではなく、若い婿養子。前職は保険会社の社員だった。
その社長に向かって、役員たちが頭を下げ、お世辞を並べ、酒を注ぐ。その後ろには、ビール瓶を持った人間が7、8人並んでいた。後ろに行くほど、笑顔は消えていく。疲れた表情だけが残っていた。
これが「勤め人の世界」なのだと、その時はっきり理解した。自分に正直であってはいけない世界。正直になれば、どこかで負ける世界。
それでも私は、自分に嘘をつきたくなかった。酒が飲めない私は、勧められてもはっきりと断った。無理に飲むこともしないし、酒を注ぎ回ることもしない。
社交辞令もいらない。
仕事は、結果で示せばいい。
一時間ほど過ぎると、会場は酔いに任せた熱気に包まれる。その中に長くいる理由は、私にはなかった。適当なところで席を立ち、酔った人たちを後にした。
---思い出すのは、別の会社での出来事だ。創業100年を超える老舗企業に入社したことがある。だが、私は一週間で辞めた。
理由は仕事ではない。
会社主催のゴルフコンペが、社員全員強制参加だったからだ。しかも休日に。
新人は、先輩たちのゴルフバッグを持つ役目だと聞かされた。
その場で、辞めると決めた。
嫌いなゴルフを、休日に、しかも荷物持ちとして参加する。そこまでして会社に合わせる理由が、私には見つからなかった。
---自分に嘘をつける人間は、会社に残り、出世していく。自分に正直な人間は、出世できないかもしれない。それでもいいと、私は思っている。
自分に正直に生きた結果、出世はできなかった。だが、後悔はまったくない。
生き方はひとつではない。
会社の中だけが、人生のすべてではない。
自分に嘘をつかないという選択は、不器用かもしれない。
それでも、
それが自分の人生だと思えるなら、
十分に価値がある。