何も言えない労働者たち
―コンプライアンス研修なのに、コンプライアンス違反をしている会社。本末転倒がここにある―
夕食を終えた私に、妻はこう言ってスマホを差し出した。
「これ、手伝ってほしい」
画面に映っていたのは、会社から“必ずやってください”と指示されたスマホ研修だった。
少し前までは、研修といえば集合研修が当たり前だった。
最近はPCやスマホを使い、各自が業務の合間に受講するスタイルが主流になっている。
私自身も経験がある。
社内で手が空いた時間に、勤務時間中に適当に終わらせる。
最後にテストがあるが、誰かが解答を回してくれるので、内容をじっくり読むこともなく、短時間で終わる。
だが、妻の職場は違う。
妻は医療関係の仕事に就いている。
業務内容は、医療機器や器具の洗浄など、ミスが許されない現場作業だ。
朝8時30分から14時30分まで、
トイレに行く時間すらないほどノンストップで動く。
1時間の休憩を挟み、17時30分まで再び動き続ける。
空き時間など、ほぼ皆無だという。
つまり、勤務時間中に研修を行うことは物理的に不可能なのだ。
その結果どうなるか。
答えは簡単だ。
「それ以外の自分の時間で、各自やってください」
研修は任意ではない。強制である。
「スマホで、好きな時間にやればいい」
そう言われているのだろう。
内容は、コンプライアンス、個人情報、セキュリティ。
動画視聴に加え、多数の設問。
全問正解するまで、何度も繰り返しやらされる。
手伝いながら、気づけば1時間以上が過ぎていた。
手当が出るなら、まだ我慢できる。
しかし、
- 勤務中は不可能
- 終業後のプライベート時間を使え
- しかも無給
これは、おかしくないだろうか。
当然、誰もが疑問に思うはずだ。
しかし妻の職場では、リーダーを含め、社員もパートも誰一人として何も言わないという。
みんな黙って従っている。
さらに研修項目は、スマホ画面にずらりと並んでいた。
「まだこんなにあるの…」
その光景を見て、私ははっきりと思った。
これはコンプライアンス違反ではないのか。
労働者のプライベートな時間を使わせ、
業務に必須の研修を無償で受けさせる。
これは明らかに、労働基準法の趣旨に反している。
妻にもそう説明した。
しかし、
「私一人では言えない」
「医療関係だから仕方ない」
そう返ってきた。
なるほど。
だから人が慢性的に集まらず、人手不足になるのか。
その会社は、病院の仕事を請け負う、それなりに名の通った企業だ。
それでも人が定着しない理由を、経営者は本気で考えるべきだと思う。
利権にあぐらをかいてはいけない。
現場を犠牲にして成り立つ経営は、必ず破綻する。
私は妻に言った。
「そんな時間に余裕のない、カツカツの仕事は続けるべきじゃない」
パートなのに、時間の融通すら利かないという。
入ってくる人はすぐ辞める。
職場の悪循環が、はっきりと見える。
最後に、強く思ったことがある。
我々は、奴隷ではない。
声を上げなければ、
「何も言えない労働者」である限り、
この構造は変わらない。
※これは特定の企業を批判する目的ではありません。
同じような状況で悩んでいる労働者が、少しでも「おかしい」と気づくきっかけになればと思い、書きました。