**夜の帰り道**
:サスペンスホラーmini ー
残業を終え、咲子がバス停を降りたのは21時頃だった。
都会から少し離れた住宅街。街灯はあるものの、薄暗く数も少ない。
本来なら残業などしない。
だが今日は断りきれず、気づけば2時間も残ってしまっていた。
スマホで時間を確認し、歩き始める。
終点に近いバスは、乗客がほとんどいない。
今日にいたっては、バスを降りたのは咲子ひとりだけだった。
街灯がチカチカと点滅し、落ち着かない光を放つ。
歩き出してすぐ、妙なことに気づいた。
足音がする。
自分のハイヒールの音と――もう一つの音。
誰もいない。
だが確かに、もう一人分の足音が重なって聞こえる。
咲子は立ち止まった。
足音も同時に止まった。
「……ハイヒール? 女性? でも……」
歩き出す。
足音もついてくる。
おかしい。
どう考えても、自分以外に誰もいない。
意を決し、振り返った。
……誰もいない。
疲れているだけだと自分に言い聞かせ、再び前を向いた。
その瞬間、心臓が止まりかけた。
目の前に、
血まみれの“自分”が立っていた。
頭から血を流し、顔の形は崩れ、
折れた脚の骨が皮膚を突き破って飛び出している。
咲子は悲鳴も出せず、しゃがみ込み、目を伏せた。
辺りは物音ひとつしない。
誰も通らない、薄暗い道。
街灯がちらつく中、咲子は駆け出した。
自分のアパートへ。
息を切らしながら、どうにか部屋の鍵をかける。
「今のは……何? 幽霊……? 私……?」
テレビをつけると砂嵐。
スマホは待ち受け画面から先へ進まない。
冷蔵庫は空っぽ。
ここは自分の部屋のはずなのに、何かがおかしい。
その時、ドアがノックされた。
「……どなたですか」
返事はない。
ただ、ノックだけが続く。
次の瞬間、かすかに女性の声。
咲子は恐る恐るドアを少しだけ開けた。
隙間から見えたのは――
あの血だらけの自分。
全身が震え、呼吸が乱れる。
血まみれの“咲子”は、掠れた声でつぶやいた。
「……お願い……戻ってきて……」
咲子は絶叫とともにドアを閉め、鍵をかけ、
そのまま部屋の奥のベッドへ逃げ込む。
しかし。
ベッドの横に――
さきほどの“血まみれの自分”が立っていた。
もう声も出ず、そのまま咲子の意識は暗闇へ沈んだ。
◆ バス停では——
バスは停車したまま。
横には大型トラック。
警官や救急隊員が慌ただしく動き回っている。
バスを降りた女性が、
停車中のバスを追い越してきたトラックにはねられたのだ。
アスファルトに叩きつけられ、全身の骨が砕け、
頭部は原形をとどめていない。
その姿は――
咲子自身とまったく同じだった。
彼女は事故に遭った瞬間の記憶を失い、
意識だけが自宅へ“帰ってしまった”のだ。
救急隊員が叫ぶ。
「まだ息があります!!」
わずかな鼓動。
微かに生きている。
もう一人の咲子――血まみれの彼女は、
壊れそうな肉体から離れた“意識”を
現実に引き戻すために現れたのだ。
静かな町に、サイレンの音が響きわたる。
大事故の夜、
咲子は二つの“自分”と出会った。

