
サラリーマンですけど愚痴っていいですか、
大善山
2025年10月2日
唯一の希望としての「終焉」
「世界の終わり」を待つ金融奴隷として
僕はいつもいつも妄想しています。この世が終わったらどんなにいいか。ただの破滅願望ではありません。僕が切望するのは、地球の終わり、つまり文明の終焉です。その言葉には、言いようのないほどの快感があります。
毎朝、アラームの音と共に始まる微かな吐き気。「明日もまた会社に行かなければならないのか」。この問いが、心の深いところから漏れる嘆きとなって、僕の足取りを重くします。YouTubeでのでたらめな予言も、微かな希望になります。予言の日付が過ぎるたび、大きなため息が漏れる。なぜ、負債も、責任も、この不条理なルールも、一瞬で消え去るような快感が訪れないのだろうか。
仕事が心の底から楽しい人はいるのだろうか
ところで、仕事が心の底から楽しくてたまらないなんて言う人は、この世にどれくらいいるのだろうか? 休みの日は早く月曜にならないかと待ち遠しい気持ちになる? そんな人はごく少数でしょう。
ほとんどの人は、つまらない仕事を割りきって我慢して継続し、得た給料はほとんどが家賃やローンといった支払いに消える。何の楽しみもない。これが、僕たちが知らず知らずのうちに飲み込まれている**「金融奴隷」**としての現実です。逃げられない鎖に繋がれ、生きるために働き、働くために生きる。
もし働かなくても生活ができるのなら、僕は一秒たりとも働かない。もし国が全国民に生活の保証をするなら、私は喜んで労働から離脱するでしょう。その中で、働きたい人だけが地方で農業を自分で可能な時間で働き、小遣いを稼ぐ。みんな、あくせく働くことなく、のんびりとした生活を送る。そんな未来があってもいいのではと、今日も妄想してしまいます。
リセットへの渇望
世の中は、どう考えても何かがおかしい。いままでの政治も官僚も、この不条理なシステムを長年かけて作り上げてきた。だから、全てをリセットし、新しい世の中を生成すべきだ。そう考えても何も起きないので、環境を変えようと海外に移住したり、スピリチュアル系に傾倒したりもしました。でも、現実は負債に縛られて逃げられないし、何も解決しない。
結局、僕たちに残された道は、逃げられない金融奴隷として最後まで生き抜くことしかない。
だからこそ、僕の胸の中で燃え盛る唯一の希望は、やはり地球が終わること、または文明が終わることなのです。
それは、単なる破滅願望ではない。文明の終焉とは、この不条理な社会システム、重くのしかかる借金、そして未来への義務が、一瞬で消えてしまうということ。僕たちがこの人生で決して手に入れられない**「自由」**を、確実に味わうことができる唯一の方法だからです。
この絶望の中で、僕は今日も世界の終焉を待ち望みます。
#エッセイ
#サラリーマン
#希望
#愚痴
#文明
#不条理
#世界の終