プロローグ

 世界は静かに、しかし確実に崩れつつあった。
 闇の新興宗教「新世界真心会」は、理想を語りながら人々の心を奪い、国家をも飲み込もうとしていた。
 その背後に立つのは教祖・文明醒。人か怪物かすら判別できない異形の存在だった。

 だが、誰も気づかないところで「影の守護者」たちが動いていた。
 古より続く組織――八咫衆。
 その中に、一人の科学者と、彼の子どもたちがいた。

 小野リナ、二十三歳。
 平凡なショップスタッフであった彼女は、ある夜、弟を救うために闇のバイト組織に巻き込まれ、そして命を落としかけた。
 しかし父・小野善和の科学によって蘇生し、不死身の肉体を持つサイボーグとして覚醒する。

 家族、仲間、そして祖国を守るため――
 彼女の戦いは始まった。

 

 

 闇のささやき

 夜のコンビニの裏口。
 ネオンの明かりがちらつき、湿った空気が肌にまとわりつく。
 18歳の小野晃毅は、携帯を握りしめて立ち尽くしていた。

「……日給三万。報酬は即日振込」
 その甘い誘いに、彼は抗えなかった。

 家庭は裕福ではない。専門学校の学費も生活費も、自分でどうにかするしかなかった。アルバイトのシフトだけでは到底追いつかない。
 SNSに流れてきた「高額日払い」のバイト募集。怪しいと分かっていた――分かっていたはずなのに。

 背後から黒いワンボックスが音もなく滑り込んできた。
 窓が開き、無精ひげの男が顔を出す。
「おい、君が晃毅か? 乗れ。時間がねえ」

 晃毅は一瞬ためらった。だが次の瞬間、ドアが内側から開き、強引に腕を掴まれる。
「待っ……!」
 声を上げた瞬間、口に布が押し込まれた。
 視界が暗転する。
 ――こうして、晃毅の闇バイトは始まった。


第一章 闇バイトの罠

1 監禁

 目を開けると、そこは窓のない雑居ビルの一室だった。
 薄暗い蛍光灯の下、十数台のパソコンが並び、若者たちが無表情で電話をかけ続けている。
「はい、〇〇銀行です。暗証番号を確認させていただきます……」
 その声は機械のようで、部屋全体に冷気が漂っていた。

 背後から、責任者らしき大男が肩を叩く。
「お前も今日からここだ。やるしかねえ。逃げようとしたら……分かってるな?」

 机の上には名簿と携帯。晃毅の心臓が早鐘を打つ。
 ――逃げられない。
 背筋に冷たいものが走った。


2 SOS

 数日が過ぎた。
 晃毅は詐欺電話の「掛け子」として使われ続けた。
 監視は厳しく、外へ出るときは常に目隠し。
 逃げ道はない。

 だがある日、金の受け渡しで一瞬だけ外へ出された。
 老夫婦から受け取った封筒の重み。
 晃毅の胸に激しい罪悪感が込み上げる。

 ――今しかない。

 彼は全力で走り出した。
 背後から怒号が響く。
「追えぇぇッ!」

 血の気が引くほどの恐怖の中で、必死に携帯を取り出す。
 震える指で、ただ一人思い浮かぶ存在にメッセージを送った。

 ――姉ちゃん、助けて。


3 姉の部屋

 埼玉・武蔵浦和。
 小野リナのワンルームアパート。

 23歳の彼女は仕事を終えて帰宅し、シャワーを浴びていた。
 画面に点滅するショートメール。
 開いた瞬間、眉がひそめられた。

「……SOS?」

 ふざけているのかと思った。
 だが、胸の奥でざわつくものを抑えきれない。

 夜風を切って、彼女は弟のアパートへ向かった。
 だが部屋はもぬけの殻。机の上には教科書とノートが散らばり、ベッドは乱れたまま。
 嫌な予感が現実の重みを帯びてきた。


4 再会と恐怖

 数時間後。
 晃毅はリナの部屋に飛び込んできた。
 汗まみれで息を荒げ、目は怯えきっていた。

「姉ちゃん……俺、やばいとこにいた」
「落ち着いて。何があったの?」

 彼は詐欺グループの実態を語った。監禁、監視、逃げられない仕組み。
 リナの顔が青ざめる。

「警察に行こう」
「ダメだ! 警察に行ったら殺される! 俺の住所も、姉ちゃんのことも全部知られてるんだ!」

 その言葉に、リナの心臓が凍りついた。


 

 

 

 

 

5 襲撃

 ドアベルが鳴った。
 ピザの宅配員が立っている――はずだった。

 モニター越しに見えるのは確かに配達員。
 晃毅が油断してドアを開けた瞬間、その背後に現れたのは、黒服の大男たち。

 土足で部屋に踏み込み、リナの口を押さえる。
 晃毅も押さえつけられ、あっという間にワンボックスへ押し込まれた。

 窓の外に映る街灯が遠ざかる。
 車はやがて、見沼田んぼの闇の中へと消えていった。


6 絶望の縁

 頭に袋を被せられ、何も見えない。
 車が止まると、二人は荒れ果てた空き地に引きずり出された。
 土を掘る音。
 鉄の匂いと冷たい夜風が肌を切る。

 リーダー格の男がナイフを抜いた。
「これでケリをつけろ。裏切り者に生きる道はねえ」

 リナと晃毅は互いの手を必死に握り合った。
 恐怖で震えながらも、目だけは逸らさなかった。

 ――その瞬間。

 犬の吠える声が闇を裂いた。
 通りがかった老人が異変に気づき、懐中電灯を向けた。

「おい! 何してる!」

 犯人たちは焦り、掘りかけの穴を放置して逃げ出した。

 リナの指先がかすかに動いた。
 晃毅の唇が震えた。

 二人はまだ、生きていた。