一緒に食事をする、何かを一緒にする、これってすごく尊いこと。

誰にもそれを奪う権利はないし、何気ない幸せな日常を一緒に過ごす意味。

人の幸せを喜べる人でありたい。そういう人が溢れる世界であって欲しい。

気がついたら季節が巡っている。

あっという間に月日が流れていく。

日々を過ごすことに精一杯で自分がすり減っていく。

自分のなかの闇を久しぶりに覗いてしまった



墓場まで持っていくような秘密を幾つも抱え



本当にこのまま素知らぬ顔をして生きて行けるか



自信がなくなってきたように思う



闇をぶちまけたい訳ではない



楽になりたい訳でもない



でもどうしたいのかよくわからない



闇を闇として受け入れ消化していくしかない



たぶんそれだけ

夜寝る前に寝室のカーテンを閉める。

そのときに「今日も一日平穏に過ぎて良かった」と思う。

明日も同じような気持ちで同じようにカーテンを閉めれる保証がどこにもない今、

一日一日を何事もなく過ごすことの大切さを痛感する。

当たり前に過ごしていた日常っていうのは、すごくありがたいことだったんだなと。

 

些末なことに悩み、愚痴を言い、好きなときに好きなところに行けること。

会いたい人に会いたいときに会えること。

買いたいものがすぐに買えること。

 

自分や自分の大切な人の命が脅かされる日々が続くことが起こり得るとは考えもしなかった。

世界がこんなにも一変する日が来るとは思わなかった。

 

どうか早く終息に向かいますように。

今は自分の身を守りながらただ祈るしかできない。

昔、まだ10代の頃は記憶が薄れて行く事があるなんて信じられなかった。

どんな些細な出来事でも覚えていられる自信すらあった。

よく大人が「忘れたなぁ」みたいなことを口にするのを聞く度に嘘だろ!と思っていた。

 

実際今自分があの頃指していた大人になってみて、わかったこと。

本当に忘れて行くものなんだ、別に嘘をついている訳ではないのだ、ということ。

 

本当にあった出来事なのかすら怪しい記憶も散見していて、自分のことなのかすら疑わしいのだ。

人の名前なんかも忘れている。今でも交流がある人は別にして、顔だけは覚えているなんてことのが多い。

過去を忘れながら今を生きている証拠だと自分に言い聞かせるけれど、今からこんな頼りない脳みそで、

この先すこぶる心配でならない。若年性健忘症とかになってしまいそうで怖い。