自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~ -15ページ目

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

私の周りには、素晴らしいヒーラーさんがたくさんいる。

でも、母の病気を知った時、「ヒーリングをお願いする」という選択肢は自分の中に浮かばなかった。

「もう何もやることはない」という状態だったせいもあるが、「治療」という意味での「ヒーリング」をしてもらおうとは全く思わなかった。

効果があるかどうかということではない。
(みなさん、尊敬する、信頼できる人ばかりです。)

ただ、その必要は無い、としか思えなかった。
それは、最初から最後まで自分の中で変わらなかった。

私は冷たい人間なんだろうか。
「あきらめ」が早すぎるのだろうか。

そんなことも当然思った。

でも、それでも、「それはいらない」としか思えなかった。

理由なんか無い。ただの直感。
でも全くぶれない思いだった。


もしも「痛み」が出てきたときには、それを和らげるヒーリングはお願いするつもりではいた。
でも、その必要も無いまま、母は旅立った。



病室でも、母のベッドのそばにただ座っていた。
自分が、さあやるぞ、と思って、母に「ヒーリング」をしたことは一度も無い。
肉親だからだと思うが、ただそばにいること、それだけでいいと思った。
そこにいれば、「安らかであるように」と祈らずにはいられない。
理屈や、技術や、手順など、全く意味が無い。
私にできることは、ただそこにいることだけだった。


無力、だとは思わなかった。

何も出来ない、のではなく、何もする必要は無い。
全てが完璧に動いているのだと、どこかで感じていた。


生きる力、と同じように、母には、死ぬ力、がある。

母を見つめていると、そうわかった。


きちんとひとりで生きて
きちんとひとりで死んでいく。

その力がある。

私はそれを信頼している。
母だけでなく、誰もみな、その力を持っている。
なぜなら、生きる力も、死ぬ力も、どちらも同じものだから。

それこそが、人間の素晴らしさなのだろう。
それを、人間の尊厳、と呼ぶのだろう。

私はそれを信頼している。




ひとり、とは、孤独ではない。
ひとり、だからこそ、深い深いところで、すべてが繋がっていることがわかる。


「死に目に会えない」

そんな言葉があるように、臨終に立ち会えないというのは、残念なこと、悔いが残ることなのだろう。



誰も母の死に目に会えなかった。

でも、私はそのことに、強い後悔を感じていない。

それは、おかしなことなのだろうか...



母と同居していた兄(病院から徒歩10分くらい)に電話しても応答がないと、私のところに病院から電話が来た。

私が電話しても深夜のためか兄は応答せず、結局、私が電話で母の死を承認することになった。
「承認」という言い方でいいのかわからないが、延命措置はしなくてよい、死亡確認していいという許可。
からだを清めてよい、安置してよいという許可。

数分置きの電話で、次々とそれに返事をしていった。

誰にも連絡がつかず、真夜中に私はひとりきりで、それをこなしていくしかなかった。

朝一番の新幹線で病院に行くと伝えて、電話を切り、私はひとり取り残された。

涙さえ出なかった。

ただ1回だけ、「おかあさん、ごめんなさい。」と叫んだような気がする。




でも、不思議なことに後悔はない。

自分を正当化するためでも、自分を慰めるためでもなく、本当に後悔はない。


ただ、ものごとは、なるようにしかならない。


こう思うことは、「あきらめ」なのだろうか。






呼吸が止まる瞬間、心停止する瞬間、ということに、それほど大きな意味はない。

さっき、お風呂に入っているときに、そう頭に浮かんだ。


おそらく、母は自分で悟って、自分で決めて逝ったのだ。


この世界を去る。

それは、自分で決めることが出来るのだと、「知った」体験を思い出した。



最後に会った時、恐らく、母は悟ったのだと思う。

黙って、私の手と、私が腕にしていたブレスレットをなでていた。

かさかさになった自分の腕と見比べて。

キラキラ光る石たちを、不思議そうに、愛おしそうになでていた。

はめてみたい、というので、通してあげたのだが、悲しいほど痩せた腕を素通りして、腕の付け根まで滑り落ちてしまった。

「つけておく?置いていこうか?」と聞くと、笑って、首をふった。







母が亡くなってから初めての夜。

布団に横たわると、一瞬、忙しさから離れた頭がいろんなことを考え始めた。

混乱と悲しみがどっとやってきて、焦った。

今、それに飲み込まれたら、ダメだと思った。まだ、ダメだと。


そんな焦りの中、「いや、自分の本当を感じてみよう」と声がした。


これは本当の私ではない。

これは表層の私。

悲しみはほんの表層。

その奥にある本当の自分を、感じてみよう。

感じることが出来る。



驚いたことに。

そこにあったのは、歓びだった。

生きることの歓び。

いのちのきらめき、美しさ、愛おしさ。


歓びを感じるなんて、ワタシアタマオカシインジャナイノ?と思った。

思った。思った。思ったよ(笑)


でも、やっぱり、それが真実だった。

それでいい。

歓びを感じる自分。

それこそが本当の自分だった。


母の死も、生きる歓びと、同じこと。

いのちのきらめきに包まれて、生きる歓びとともに、母はある。


そう感じて、安心して眠りに落ちた。






悲しみは表層。

でも、それはそれとして、今、その悲しみもきちんと感じてあげている。

悲しむことを、やっと今、自分に許可している。




信じられないほどあっけなく、あっという間に何もかも終わった。

最後に母と会って会話してから、たった1週間。

母が亡くなって、今日でまだ5日目?

もう、全部終わった。

時間の感覚が無い。



自分の仕事を一時、休業し、生活の拠点を実家に移そうと準備を始めたその日だった。

突然、母は逝った。

まったく、うちの母らしい(笑)



余命宣告は受けていた。(本人に告知はしていなかった。)

最期は実家に戻って生活して、看取るつもりだった。



「あんたたちに迷惑をかけないようにしないと」

12年前に父が亡くなってから、母は口癖のようにそう言っていた。

転ばないように。

病気をしないように。

心配かけないように、元気で明るく暮らすこと。

それが自分の仕事だと。



その言葉通りに、全うした母だった。



突然、体調を崩し、入院。

検査の結果は、「もう何もすることがない」という状況で、余命1カ月。


驚き、狼狽したが、母らしいな、とどこかで思った。

この人は、「あなたたちに迷惑をかけない」という言葉通りにいこうとしているのだろうと感じた。



最期の時も、絶対に駆けつけることの出来ない真夜中だった。

急変の連絡を受けて、数分で逝ってしまった。

ほんの数時間前まで、意識ははっきりとあり、「もう眠らせて欲しい」と言って眠りにおちたそうだ。



やってくる母の死という事実を受け容れる時間を1カ月と少し。

そして、死の衝撃を受け容れて、その後のことをこなしていくために気持ちを立て直すのに数時間。

そういう時間をちゃんと、用意してくれた。





「少しは迷惑をかけて欲しかった」と言うのが、「正解」なんだろうか?

でも、私はそうは思わない。

私は、母の生き方を尊重する。

母は自分の生きたいように生き切ったのだと思う。




よく、「機能不全の家庭に育ち」という言い方をする人がいる。

うちの家族は、とても変わった家族だ。

家族が一番他人行儀。大事なことは何も話さない。話せない。

かといって、仲が悪い、というわけではない。

でもきっと、何かが欠けているのだろう、とは思う。


だからといって、うちの家族は「機能不全」なのだろうか?

私はこうしてここまで育って生きて来た。

他人から見たら、何かが欠けている家族で、何かが欠けている私、なのかもしれないが、私は自分の家族も自分自身も「機能不全」だとは思わない。

欠けているところも含めて、これが私の家族であり、私だと思っている。

全部含めて受け容れている。



私は私が出来る全力で生きて愛してきた。

それは、母も同じだろう。

どんな形であれ、母は自分の子供たちを愛するということをやりとげたのだろう。

母の出来る全力で、母の表現出来る精一杯を表現して、生きて生き切ったのだろう。



この家族に育ったからこそ、今の自分がいる。

こうやって生きていくことを選んだ自分がいる。

私をここに連れてきてくれたすべてのものに、感謝しています。






本気のsurrenderは、

あっというまに受け容れられる

ということを、今日、体験しました。



今まで、ずっと毛嫌い(笑)し続けてきた天使関係。

さらに言ってしまえば、断然、苦手意識のあった「ヒーリング」。



妙な胸騒ぎと落ちつかなさがつのったあまり、


もう好きにしてくれ

もう勝手にしてくれ


そう思った、確か、昨日の夜。

めずらしく眠れなかった夜。



そんなことは、朝起きたら私はすっかり忘れていたのだけれど、

あちらは、忘れていなかったらしい(笑)



不思議な形で、メッセンジャーはやってきた。




深い深い意識の奥へ

今までは連れて行ってもらう人だったのに

連れていく人、になっていた自分。


その不思議。



そして、『愛』に目覚めた人がうまれた。


おめでとう。

おかえり。




はじめてのよろこび、だった。

天使も、よろこんでいるのがわかった(笑)






意味不明、だけど、ここはモノローグ。





ヒーリングサロン『おおきいのはらのき』
セッションメニューです。



私は、希望の歌を歌っていきたい。

誰が、なんと言おうと。

誰かに、それは違う、と言われようと。



自分が幸せでいることこそが、この世界に対する貢献。



ときに、不安に思うこともあるけれど、

そんな弱い自分も含めて、この世界は創られている。



未熟で、ダメな私だと

問題のあるお前だと、

そんなふうに私を見る人がいようと、

それでも、世界はまわっている。

それでも、私は生きている。



すべてが、誰かの勘違いと、私の勘違いと

そしてそもそも、カミサマの勘違いから、この世界は出来ている。