1年前の今日、会社を辞める、と決めた。
辞めたいという気持ちはあったけれど、まさか辞めるとは思ってもいなかった。
自分が辞められるとは思ってもいなかった。
会社を辞めてどうやって生きていくのか、不安を通り越して、ありえない選択だった。
でも、心が決まったら、すべてはすんなりと流れていった。
2年半ぐらい前に、「5年後の自分」を考える機会があった。
いろいろ考えて考えて考えた末に、自分の中から出てきたのは、なんと
働きたくない
だった。
仕事が忙しくて忙しくて疲れ切っていたからかもしれない。
ギリシア時代の貴族のように、公衆浴場で一日中哲学やらなんやらを議論したり思索したりしていたい。
そう思った。それが私の理想だった。
驚いたことに、その想いもかなってしまった。
この1年、まったく働かなかった。
願いは本当にかなうものです...。
私が「働きたくない」と思うのは、「働く=競争」みたいなイメージだからだろう。
他人よりも、もっともっと。
より多く、より先に。
そういう椅子取りゲームみたいな、有限のものを奪い合うような、
そういう価値観とはもうサヨナラしたかったのだ。
そういう意味での「働く」は、もうやりたくない。
何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはならない。
私が得るということは、誰かが得られないということ。
そういう価値観の中で生きるのは、もう限界だった。
食べるために働いてきた。
そう思っていたけれど、本当にそうだったんだろうか。
既存の価値観に合わせて、競争の中で無理に頑張っていたような気もする。
自分自身も、「その価値観」を強化することに加担していたのではないかとも思う。
会社を辞めてしばらくしたころ、ふと思った。
もしも今、宝くじ3億円が当たったとしても、私の生活はそんなに変わらないな。
だからもう今は、宝くじは買わない。
会社員のころは、宝くじが当たったら会社を辞められる、と思ってた。
後はもうとりあえず安泰。なんとかなる、と。
でも、宝くじが当たらなくてもなんとかなった。
この先はどうなるかわからないけれど、とりあえず今この瞬間はなんの問題も無い。
3億円あろうがなかろうが、今この瞬間の幸せは変わらない。
「足るを知る」ということは、「もうすでに十分あるんだよ」と知っているってことだと、しみじみと思う。
これからは、本当の意味で、食べるために働きたい。
シンプルに、誰かの価値観に踊らされずに。
自分を生きるために、自分を生かすために、働きたい。
働くことが、生きることとイコールになるような生き方。
そんな贅沢を、そんな幸運を、そんな豊かさを、私は受け取りたい。
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