クリスマスの日から始めたACIMのワークブック。
今日は、Lesson21。
つまり、3週間続いたことになる。
3週間続けば習慣になっているなどというので、習慣になったのかな。
今までやろうと思ってもまったく続かなかったのに、ごくごく自然に続いている。
とりかかる適切な時期、というのが、誰にもあるのかもしれない。
ワークを始めると自我が暴れるとか、抵抗が出てくるとか、その日のワークにあわせたような出来事が起こってくるとか、いろいろと聞いていたけれど、何も起きない(~_~;)
まったく何も起きないわけではないけれど、今のところ大きな抵抗に出会っていない。
あんまりにも淡々と進んでいくので、「私はちゃんとやっていないんじゃないか?」とか、「きちんと理解できていないんじゃないか?」とかそういう思考が出てくるけれど、それこそがエゴの声だと思って、人それぞれ、と思い直して気にしないことにして、とりあえず先に進んでいる。
朝起きてパジャマのままお湯を沸かし、1杯の白湯を飲みながら、ワークブックを読む。
(あ、その前にまず、インナーメッセーンジャーを読みます(^^ゞ)
1分間という時間はあまりにも短く感じる。
でも、1度にそれ以上はやるなと書いてあるから、やらない。
ワーク自体は1分間で終えても、その後、いろいろと想いをめぐらせることもあったり、ただぼーっと過ごすこともあったりする。
今朝は、「この前のコオさんの音声、ちゃんとがっつり聞いてみようかな」と頭に浮かんだ。
(非公開対談の音声ファイルの1つめ、『聖霊とつながるとき』です。)
「ちゃんと」と思ったということは、今まで「ちゃんと」聞いてなかったのかというツッコミもあるかと思いますが、まあなぜか今日は「ちゃんと全力で聞いてみよう!」という気がしたわけです。
しかしながら、瞑想はまったく苦手な人なので、聞いていても頭の中のおしゃべりは止まらない。
どんな感じかというと
「いつでも私に頼んで欲しい。」
頼んじゃう、頼んじゃう、頼んじゃうよ、イエス!
というまことにもって騒がしい、かつ何故か今日は異様に軽いノリの私の頭の中。
お恥ずかしい限りです(~_~;)
いつも私は朝起きたときが一番疲れている。
寝方が悪いのか、枕があっていないのか、寝ている間に下敷きになったあっちこっちが痛くなっていたりする。
今日は特に長時間眠っていたので、カラダがバキバキって感じだった。
それで、思った。
このカラダの痛み、バランスが悪くて居心地が悪いの、これなんとかして、消して~。
ほんの一瞬そう考えた。
頼んだことも意識にのぼらないくらい。
しばらくして気がついた。
え?
カラダがラクじゃん。
さっきあった痛みが全部消えている...。
いつ無くなったのかさえ気がつかない。
気がついたら無くなっている。
まるで、最初から痛みなんかなかったように。
ただ、無い。
え?
え?
え~~~~~?
『奇跡とは認識の誤りを正すこと』
『奇跡に大小は無い』
『奇跡に時間は関係ない(奇跡は瞬間に起きる)』
カラダが痛い、バランスが悪いという誤った考え。
いや、そもそも、私は肉体だというのが誤り。
まちがった思考が、瞬時に消された。
誤りは正された。
そういう意味?
そういうことですかー?!
3週間続いたご褒美でしょうか。
もー、やるじゃん、イエス!と言いたくなる。
あくまでも軽いノリの今日でした(*^_^*)