昨日は、月1回のACIMの日。
第2章を読む。
依然として聖書には、アダムが深い眠りについた、とあるけれども、アダムが目覚めたことを言及するところはどこにもない。
この世はまだ、包括的な目覚めや再生を少しも経験してはいないということになる。
(ACIM 第2章 1)
アダムは眠ったまま。
つまり、イブも蛇も知恵の実も、エデンの園から追放も、全部アダムの見ている夢、という解釈もできると。
つまり、そもそも罪など無かったことなんだと。
アダムとイブ、男性と女性、と考えられがちだけれど、最初の人間アダムは男性でも女性でもない。
分離以前の世界では、男も女もないのだから。
ああそうだったのかー、となんだかしみじみ。
なんでそんなに女性蔑視なの?なんてことも、そもそもは無かったんだ。
そういうのは後からくっつけられたお話なんだと思えば、納得がいく。
アダムはまだ眠ったまま。
この世界はアダムの見ている夢の中...?
あるとき、ある場面で、こんな声(?)を聞いたのを思い出した。
始まりにひとつの「うそ」があった。
そのうそから、また別のうそが生まれ、重なり、この現実が出来た。
最初のうそ。
それは、罪がある、ということ。
過ちがある、ということ。
右も左もなかった。
男性性も女性性もなかった。
はじまりには、罪もあやまちもない。
ただ何もなかった。
「最初」には、何もなかったのだ。
あのとき感じた理解と、
今また感じる理解と。
深く豊かになった自分を感じる。
「男性性と女性性の統合」ということと、そもそも最初には「男性性も女性性も無かった」ということは、少し意味が違うのだな。
男でも女でも無いというのは、両性具有とも違うことだ。
分かれていなかった。
そんな概念など無かったんだ...。
何も無い、ということは、からっぽではない。
全てがある。
でも、豊か、ともまた違う。
密度?
全てがあるから、何も無い。
何も無いから、全てがある。
多分、おそらく、そんな感じ。
眠っている夢
から、数日前に覚めたのだった。
そろそろ、ちゃんと目覚めるときが来た、のでしょうか...。