イヤだ、キライだと言いながら、でもどうしてかどうしてもそっち(笑)の方に言ってしまう自分。
なんで?どうして?
いろんな出来事に遭遇し、
でもわたしはスピリチュアルなんかキライなんだー!
勘弁してください。
私は結構です。
誰かもっと喜ぶ他の人の方にいってくださいっ!
とさかんに言っていたころ。
なんで私はこんなにも嫌がるのだろうか?
なのになんで、どうしてもそっちの方へそっちの方へと行ってしまうんだろうか?
ということをテーマにとあるセッションを受けました。
今にして思えば、それで「セッション」なんてものを受けに行く時点でもうどっぷりでしょ(爆)、と笑える話だけれど。
そのセッションのお知らせを見たとき、いてもたってもいられず、自分的にはありえないほど遠くまで、しかも台風の大雨の中、出かけていった。
そういえば、靴の中までぐっしょりだったっけ。
そのときに、聖フランチェスコ派の修道士だった過去世を見た。
どうしてただ信仰しているだけなのに、こんな目にあうのか。
ただ私は静かに神様を信じているだけなのに、どうしてそれだけで迫害されるのか。
ほっといてくれればいいのに。
誰にもなんにも迷惑をかけてはいないのに。
ただ神様を信じ、その教えにそった暮らしをしているだけなのに。
どうしてこんなにひどい目にあわなければならないのですか。
そんな苦しい、哀しい思い。
私の存在が、人を傷つけるのか?
私がただいるだけで、まわりの人たちは落ち着かない気持ちになるのか?
どうして私が神様を信じることが、他の人たちを苦しくさせるのか?
信仰の生活を送ることはいけないことなのか。
神様を信じることはいけないことなのか。
私はただ神を信じているだけなのに。
どうしてそれがまわりの人たちを苦しくさせるのか?
どうして私自身もこんなにも苦しまなければいけないのか?
神様はどうしてこんな目にあわせるのですか...
どうして救ってくださらないのですか...
泥だらけで道に倒れて、絶望していた。
「自分の中に神がいること、だからそんな自分が嫌い、好きになれない。
それをもう手放してもいいですか?」
そうセラピストの方に聞かれて、「はい」と答えた。
(昔のメモを掘り起こしたら、そう書いてあった。
実は、もうすっかり記憶になかった。
今、読んで、びっくりした。すっごい!そうだったのかー!)
このセッションを受けた翌々日の朝、私は突然会社を休職していた。
それからもっともっとたくさんの経験をした。
会社にも復帰した。
そしてある日の昼休み、突然、気がついた。
私は神様と両想いだったんだわ、ずっと!
つれなくしていたのは、私の方だったんだぁぁぁぁぁ~!
拒んでいたのは私の方で、神さまの方はいつでもずっと私を見守って愛していてくれた。
まあ、なんていうことでしょう?!
衝撃的!
笑っちゃうほどびっくりした。
なんて私は幸せだったんだろうかって。
あー、こんなことがあったんだって、久しぶりに思い出した。
ホントにこんなふうにいろんな経験をして、少しずつ少しずつ神さまと仲直りして、そして今の私がいるんだったなぁ、と。
離れていこうとすると、必ずこんなふうに引き戻される出来事がやってくる。

そのきっかけとなったギフト。
聖フランチェスコのシンボル、タウ(tau)のペンダント。
見た瞬間、きっと私のところに来るだろうな、とは思いましたが、見事、当選しました(^_^;)
先生、諸先輩方、どうもありがとうございましたm(__)m