魔法使いとか魔人とか、はたまた悪魔だったりが現れて、ひとつだけ(もしくは3つ)願い事をかなえてくれる。
子供の頃に読んだ本の中には、そんなお話がいっぱいあった。
私の願い事はずっとずっといつも変わらず、「歌のうまい人になりたい。」だった。
世界平和よりも、大金持ちよりも、すごい美人よりも、私は歌のうまい人になりたかった。
謙遜でもなんでもなくて、まじめに音痴で声も悪くて壊滅的に歌がヘタだ。
でも音楽は好きで、本当は思いっきり歌いたいのに、自分の発する声・歌はとんでもなく気持ち悪いもので、歌っても幸せになれない。
自分が楽しければいいんじゃない、と言われても、そもそも自分が楽しくない。
頭の中ではこんなふうに歌っているはずなのに、実際に出てくるものはまったく違ったもので、とにかく気持ちが悪い。楽しくない。
歌がうまかったらどんなに楽しいだろう、どんなに幸せだろう、どんなに人を幸せに出来るだろう、どんなに人に感動を与えられるだろう。
今度生まれ変わってくるとしたら、絶対に歌のうまい人になりたい。
どんな願い事よりも、かなってほしいたったひとつを選べと言われたら、「歌のうまい人になりたい。」なのだ。
大人になってもその願いは変わらなかった。
ただ、結婚・離婚という現実の荒波を経験していたころ、はっと気がつけば、私の一番の望みは「歌のうまい人になりたい」どころではなくなっていた。
円満な家庭生活とか、経済的な安定とか、頼りになる夫とか(笑)、おだやかな性格とか、はたまた美人とかナイスバディとか女らしさとかかわいげ、とか。
そんなものをまず第一に望まなくちゃいけない。
それに気がついたとき、とてもショックだった。
「何よりも、歌のうまい人になりたい。」
そう願う自分が好きだった。
ダメダメでぐだぐだな自分の中で、唯一好きなところだった。
それが一番の願い事である自分だけは好きだったのに。
今の自分はそれを望めない。それを願えない。
そのことに気がついたら悲しくて悲しくて。
自分のいいところ、好きなところを全部否定された(誰に???)ような気持ちだった。
多分、それに気がついたときから、この結婚生活を維持するのは無理だってわかったような気がする。
好きだった自分がなくなっていく。
それは耐えられない。それは無理だ。
結婚したころから、現実の生活が忙しくて、ライブに出かけたりすることもなくなっていた。
そういう年齢なんだ、もういろんなことから「卒業」なんだって納得していた。
いつのまにか音楽もあまり熱心に聴かなくなり、歌をくちずさむこともなくなっていた。
私の生活の中から、音楽が消えていった。
ここ数ヶ月。
いろんなことから開放されて自由になっていったら、突然、音楽魂が蘇った!
(まったく、想定外の方向からですが(~_~;))
私の生活に音楽が蘇ってきている。
今度生まれ変わってくるとしたら、バリバリ歌のうまいシンガーになりたいっ!
ひとつだけ願い事がかなうなら、歌の才能を私にください!
変わらない願いも蘇った。
ひとつだけ、以前の私と違うところ。
ステージの熱狂を見ていると、「この人は神さまからこんなに愛されている。こんなに目をかけてもらっている。いいなぁ。うらやましいなぁ。」と思っていた。
今もそう思う。
でも、と同時に、「私もまったく同じように、神さまに愛されているんだ。」と今は思える。