フロントスタッフからの送別会
平成15年4月。
フロントスタッフから、送別会をするので来て下さい。と、言われました。スタッフと飲むのは、最初で最後の機会でした。スタッフからは、ノムさんを追い出したのがぴょんのせいだという、思い込みがあったので、プライベート面では、ぴょんが逃げていたのかもしれません。夜7時から飲みはじめ、シフトの関係上、翌朝5時まで飲んだのでした。
その時に貰った、色紙は今でも大事に持っています。嘘でも良いから、ぴょんの事を書いてくれてあるから。
そして、歌舞伎町で最後の出勤日に、支配人室のスタッフから、簡単な送別会の儀式がありました。送別会をされると、その現場に戻ってくることが出来ないのでは?という思いから、送別会という物で、自分が主役になるのが嫌いだったのに・・・・そして、引継ぎも不十分に終わり、歌舞伎町の仕事を終えたのでした。
翌日から5日間の休みに入り、とにかく、長野に行くと出来ないことを済ませるために、車の保険の更新などを行ったのでした。
入社以来、お世話になっていた「ぶーちゃん」から飲みに行くぞ!と、誘われ、居酒屋で一緒に働いた健仁と3人で飲みに行きました。どういう気持ちで、ぶーちゃんは誘ったのか、今は分かりません。しかし、歌舞伎町を出て行く事を悲しんでくれていたのかもしれません。主観ですが。
飲みに行った翌日は、真紀と最後の旅行に行ってきました。
当分の間、二人で旅行に行く事もないだろうという事で、奮発して、伊豆の土肥温泉に行きました。家族風呂がついている旅館をいつも選んでいた二人。今回も同じ様にして宿泊。イセエビとあわびの料理のコースを食べて、御殿場のアウトレットで買い物をして。そして、恋人岬で、二人で幸せのベルを鳴らして、もう真紀と結婚するという意志が固まりつつあったのに・・・・・
当分、訪れないであろう二人の時間を楽しむ為に、異動の間に休んだと言っても過言ではありません。
まぁ、いつも異動の前には、3日~5日間くらい連続して休む事にしているぴょん。現場が変われば、休みの取得ベースも変わるので、公休消化も含めて。この会社に入り、年間で公休を100日以上取得した事がないのです。沖縄旅行に5日間行ったのも、公休でした。
「911テロ」の前年に、アメリカ・デトロイトの親父の家に遊びに行った際も、3泊5日で行きました。この時も月の公休5日を当て、後は週1回休むか休まないかという感じでした。
伊豆旅行から土曜日に戻り、真紀の家の駐車場を解約して、日曜の午後に目黒の実家に帰ってきました。長野に行く自分の荷物を用意する為に。
ぴょんは、このフロントスタッフからの送別会を受けた際に、本当のスタッフの気持ちを少し分かった気がします。
ぴょんの仕事の上での信条は、
・飲みニケーションを行わない
・業者さんからの誘いに応じない
というものです。だから、本来のスタッフの気持ちというものを、最後に知ったのかもしれないです。
やはり、真紀と遠距離恋愛はしたくない。という気持ち。仕事に関しては、何とかポジティブに気持ちを移す事ができたのですが・・・・・・・
そして、4月21日月曜日。異動の日になるのでした。