3人の男に愛された女

1975年 第32話 監督/ ハーヴェイ・ハート



※注意!本作をまだご覧になられていない方は、これ以降紫色で書かれた文章を飛ばしながら読み進めてください!紫色で書かれた文章はすべてネタバレです!



とにかく異色作…いや、シリーズの定石を覆す問題作です。しかしながらシリーズ最高傑作の一本に数えられる必見の名作です。


刑事コロンボシリーズの犯人は、どんなに嘘が上手くても、どんなに屈強なメンタルの持ち主でも、コロンボ警部の緻密な捜査や執拗な付き纏いにボロを出したり、自滅の道を辿ってしまうのがシリーズの定石です。

しかし、本作の犯人にはそんなコロンボの戦術が一切通用しません。なにせ本作の犯人は、夫を殺害したことを覚えていないのだから。


そんな型破りで波乱に満ちた『忘れられたスター』には、シリーズ特有の爽快な幕引きがありません。本作鑑賞後に残るのは病を抱えた者の悲しい末路と、人を愛するが故のやるせなさです。

しかし、そんな異色作でありながらも犯人を思う男たちの思いやりや、ユニークなエピソードの魅力が相まって、本作をシリーズのベストに挙げるファンが大変多いこともまた事実なのです。


『忘れられたスター』は見事な脚本と、主演のジャネット・リーを始めとする魅力的な俳優陣の演技、そして同シリーズ『祝砲の挽歌』『5時30分の目撃者』『魔術師の幻想』の演出を手掛けた名匠ハーヴェイ・ハート監督の演出により、またしてもテレビ映画の域を超える名画へと昇華した作品です。


もうひとつの際立つ特徴として挙げたいのが、人間味溢れるコロンボを描いた数々のシーンです。そのどれもが微笑ましく目新しいものですが、これは単なるファンサービスではないと思っています。コロンボが、犯人を守る為に嘘の自供をする人物を受け入れ、真犯人を置き去りにする異色のエンディングに説得力を持たせる為、綿密に練られた作戦なのではないかと思うのです。

そんな驚きの結末を観客が無理なく受け入れられるように、脚本家のウィリアム・ドリスキルはコロンボの人間らしさ、そして優しさを物語のあちこちに植え付けているのです。それが成功しているかどうかは、ラストシーンをご覧頂ければ明らかです。


かつての大スターであるグレースは、本作で三人の男に愛され守られています。ひとりは夫、ひとりは映画製作のパートナー、そしてもうひとりがコロンボ警部。三人の男が織りなす異色のメロドラマでありながら、ファンから圧倒的支持を受ける傑作です!




【この映画の好きなとこ】


◼︎事件

グレースの犯罪は自宅のシアタールームを抜け出して行われる。執事の目を盗み抜け出すサスペンスと、完全犯罪の直後に訪れる映写事故の衝撃!

このシアタールーム欲しい!
夫の寝室に侵入したキャッツアイ(嘘)
バカバカ!なんで壊れてんのよー!



◼︎伏線 ※紫色の文章はネタバレですよ!

グレースの記憶障害が加速している事を暗示する場面がさり気なく描かれる。この描写により、観客までもがグレースを追い詰める事に対し躊躇が生まれる。


犯行直後にショーの成功を夢見るグレース

夫が死んだ話しにも毎回驚く



◼︎コロンボ登場

深夜の現場に駆けつけた寝ぼけ眼のコロンボ。「出涸らしでもいいんだけど…」と執事にコーヒーを要求したり、ペンや手帳まで拝借する。葉巻を咥え室内をうろつくコロンボを、灰皿片手に追いかける執事とののコンビネーションも抜群。

起きろや
「どうやって使うの?」「押すと芯が出ます」



◼︎愛犬家コロンボ

愛犬"ドッグ"への思いやりが一番強く描かれたのも本作。ホットドッグやアイスクリームを与えたり、公園で遊ばせる為にグレースからの誘いを断ったりするなどの愛犬家ぶり。

コロンボの愛車から顔を出すドッグ。かわいいね
大好きなソフトクリームでご満悦



◼︎射撃テスト

警察の義務である射撃テストを5年受けていないと指摘されるコロンボ。銃が嫌いなコロンボは担当員から逃げ回ったり、同僚に5ドルで替玉依頼をするなどの及び腰を露呈する。

5年も?まさか!そりゃコンピューターの混線だよ
顔なんか分かりゃしないんだから代わりに受けてくれよ



◼︎二人の恋路

「若い頃僕は君と結婚したかった。愛していたんだ」と告白するネッド。「今は?」と返す言葉で即座に分かる二人の関係性。強い女グレースを恋する女として儚く描いた。

ずっと好きだったんだぜ
このグレースの乙女ぶりにキュンとした!



◼︎凄み

コロンボの人間味を観客に植え付けながらも、本来の凄みを見せる演出が本作では特に際立った。いつもクールなネッドが狼狽える様も効果的だった。

それでもあの方が犯人です
ガウガウ!



◼︎決戦の火蓋

グレースに待ち受ける残酷な結末。残酷な審判を下さなければならないコロンボ。それを見届けなければならないネッド。正装した三人が集まるシアタールームに走る緊張感!

緊張の構図!いい画撮るよなあ!
そして幕は開いた…



◼︎ことの顛末 ※紫色はネタバレですからね!

グレース逮捕に踏み切ろうとするコロンボを制し、犯人は自分だと嘘の証言をするネッド。うろたえるグレースをなだめるネッドに愛の深さを知る。

映像に揺らされる2人のビジュアルも劇的効果を生んだ
2ヶ月くらい持ち堪えてみるさ
そうだね…それがいいね


◼︎ラストシーン
ひとり映写室に残るグレース。加速する記憶障害によりネッドの逮捕すら忘れ、一人で映画を満喫する悲劇の場面を、さすがの貫禄と美しさで極上のエンディングに昇華させた。
本物の女優が魅せる圧巻のラストシーン



コロンボの常套句として有名な「ウチのカミさんがね…」ですが、あれはほぼコロンボの作り話ではないかと思っています。

本作で大女優グレースに出会ったコロンボは、「ウチのカミさんがあんたの大ファンでしてね。高校生の時にあんたの映画を2人で全部観ましたよ」と歓喜の告白をします。気をよくしたグレースはコロンボ夫人をも(物語のクライマックスとなる)自宅の上映パーティーに誘いますが、憧れの大女優からの招待を当日になって風邪を理由に欠席するなどあり得ない話しだと思います。

これはグレースの逮捕場面を妻に見せない為にとったコロンボの配慮ともとれますが、コロンボは我々が思う以上にもっとしたたかな人物だと思うのです。

その裏付けとまで言い切れませんが、例えばコロンボが捜査現場となる屋敷の住人がグレースである事を知らずに乗り込む事など考えにくいのです。用意周到なコロンボ警部はグレースが犯人である可能性も考えつつ、初めて見るスターを相手に大袈裟な歓喜の芝居を打ち、相手の懐に忍び込む戦術をとったのではないかと思うのです。

そう考えるとカミさんがグレースの大ファンである事や、上映会当日風邪をひいた件はコロンボの作り話だと思えてならないのです。

コロンボ警部はとても頭が良く、且つ冷徹な人物です。もちろんファンであればそんなコロンボの側面をご存知かと思いますが、本作ほどそのキャラクターを上手く利用した作品は他に無いと思いますし、我々ファンの心理すら上手く逆手に取ったなものだと感動すら覚えてしまうのです。



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