人は泣きながら生まれて来る。だから泣くのは自然だ。
悲しい時、嬉しい時、涙があふれて来る。

赤ちゃんの言葉は泣き声だ
それが成長して,泣くのはイヤだ,笑っちゃおう~♪と少年となり、多少の事では涙を見せなくなる。(男の涙が希少価値なのはこの頃かも)

そのうち誰かと共に泣きたくなる
誰かの涙を拭ってあげたくなる

でも,自分はそんな風に思う事なかったな~。 

楽しく生きれれば良いや。イヤな事があっても忘れちゃえ。世界は俺のモノ~って感じ

それが月日がたち、自分一人では生きて行けない自信ありと気付いた時に世界が変わった

他人の世界も許せる様になった。自分と意見が合わなくても「話を聞いてみよう!」と思えた。
そのかわり笑いは減った。笑い飛ばせないからだ。しっかりと話を聞かないと行けない

そして色んな意見を聞いているうちに自分の意見を忘れてしまいがちになる。
それだけ相手の話を聞ける様になったって事なんだろう
 
そのうち,その人の気持ちが見えて来る
誰かに聞いて欲しい。判ってほしい (でも素直には言えない)

きっとこの人は心で泣いてるんだろうなって思う

大人になると素直に泣けないよね。 頑張れぇ~
愛する方が良いのか?(でも報われない)

愛される方が良いのか?(でも好きになれない人)

どちらかを選ぶとしたら・・・。

地球で生まれたからには愛を知らずして人生を歩めない

人は愛でできているのだ。

だからこそ,苦しんだり,喜んだりするんだよね。

昔、三国連太郎さんの再現Vで若き三国さんを演じた時に,「愛故に自身を見失いそうで別れた」との話があった。

人は欲で出来ているとも思う。欲があるから好奇心や探究心もある。悪い事じゃない。

度を超えると何事も良くないのだろう。
でも度を超えるッって 本人にはわからない。

恋は盲目なのだ。これは恋だけじゃないと思う。
趣味もそうだ。
ガンプラ好きの友人が結婚して元気がなくなった。
奥さんにおもちゃを買うなと言われたそうだ(結構な金額、買ってたからな~笑)
恋人の時には何も言われなかったのにと嘆いていたのを思い出す。

価値感は様々だけど、入れ込んだら周りが見えなくなってしまうのが人だと思う
そしてその間は 嬉しかったり楽しかったりする。

その点では愛する方が良いのかも? 

散歩するときは 買い食いしながらが楽しい。

この間は あんドーナツから海鮮丼→メロンパンに行って クリームプリンでした。

大した物じゃないけど,そこで食べるから嬉しかったりして。歩きながらだったり、公園で食べたりして 青空食堂を満喫しました。
顔の濃さじゃ負けないんだが,呼ばれないな~! テルマエ(*'-^)-☆ $おちあいじゅん べにすずめの右肩上がり↑↑↑↑-こい
電車内で見かけたCM動画で「世界の99%はだま繋がっていない」と。
インターネットの話だ。

調べ物をするのに図書館に行かなくても簡単に出来る様になったり,買い物も簡単になった

ネットの普及はスゴい便利で楽になった

ただ意外な気もしたけど,ちょっとホッとした。

ネットで繋がらないから、良い事も沢山ある気がする。

田舎のおばあちゃんに会いに行く。

田舎の匂いや空気の感じなんて,行かなきゃ気がつかない

そんな気がした。