私は、なぜ今回このブログの題「日本は何故近代化に成功したか、日韓比較論から」を書こうとしたかというと、韓国もまた、近代化した日本から様々な影響や恩恵を受けて自らも近代化した国であることを前提として歴史に触れたかったからです。それに加え、これまで見てきたように、明らかに日本と韓国が辿ってきた道には、偶然というものは一切なく全てが必然であり、その事実をしっかり確認する必要が双方にあると考えたからです。


もちろん、その事実に対する解釈や認識は日本と韓国、それぞれの国の人々によって違うのは当たり前のことで、これに対してとやかく言っても、ことは前に進みません。


大事なのはその本質にある真実を見極めていく力だと思います。

現在、日本と韓国の関係は戦後最悪と言われています。

20世紀は、一部のスポーツ競技などを除いてあらゆる面で韓国は日本の後塵を拝していました。しかし、今世紀に入り、まず経済面で日本を凌駕するケースが増え、これまで先進国に遠く及ばなかった韓国がその仲間入りを果たすまで成長したこと、優れた社会制度を日本より先んじて定着させたり、また芸能やスポーツの面で大きなブームを呼ぶなど日本を圧倒するような現象が生み出されてきました。


そこには、日本社会に一種の脅威や不安、怒りなど心理的要因がストレッサーとして現れ、さらに、領土問題などでそのストレスに一層火に油をそそぐような形になってきたように思います。


自信を付けた韓国はそれでも、日本の存在自体がストレスで、日本に対する関心が大きくなるに連れ、一層無秩序に対抗しようとする言動が増えています。逆に韓国にはそのストレスがあるからこそ頑張れるという側面があります。ストレスは必ずしも悪いことだけでなく、自分を成長させる要因にもなりうるのです。


日本と韓国の民族的元型の違いによって、無意識の領域はそれぞれの持つ思想や体験が固着していて、それを剥がすことは極めて難しくなっています。また、それぞれの脳の神経細胞であるニューロンの形状や働きはとてつもなく長い時間をかけて培ってきたものが現代人に遺伝してきたといっても言い過ぎではなく、そこに流れる神経伝達物質もまた、その多くが遺伝してきたと想定できるのです。それらを変えろというのは、私が100mを10秒台で走れというのに等しいですね。


従って、意識上で日本と韓国の関係を改善し解決しようとする試みはできても、それを無意識下に落とし込んで根底から解決を導き出そうとすることは相当困難を要すると考えるべきです。何故なら意識の領域は意識と無意識を合わせた全体の領域を100%とするならば、僅か5%にしかすぎず、残り95%が無意識の領域でものごとを思考し判断するからです。


しかし、何とかしなくてなりません。


まず、やるべきことは、日本の江戸時代と韓国の李氏朝鮮時代の国際情勢、政治体制、為政者や各階層の生き方や価値観など、歴史の事実を色眼鏡なしで見ることです。この歴史の事実の理解を深めれば、そこにかならず真実が見えてきます。


それをきっちり把握した上で、近現代史を顧みないと大きな誤解が生まれてきます。今まさにそんな状況に陥っているではないでしょうか。


このブログの使命のひとつが、日韓の友好であり、私としてはこれからも出来る限りその辺りをわかりやすく解説していきたいと思います。


次は、近現代史に入ります。