本日はダウン症の日、染色体の21番目が3つあるので3、21💡
そして卒業・入学、新年度に向けて忙しい季節ですね。今日は祝日、お仕事の方はお疲れ様です(^^)
そして子育て家庭は日本全国?お昼準備シーズン到来‼️週末公園で会う人会う人とと今週から給食ないね、という話題で苦笑い。
我が家は保育園へ通う次男が卒園式を終えても給食継続で有難い一方、小2長男が学童保育所にお弁当持参🍱、暑くて長い夏休みよりはましですが、ヒーヒーと夫婦で準備を押し付け合うシーズン到来です💦
そんな中、ちょうど『給食の歴史』という本が新聞記事に掲載されていてふむふむ、その一節に
「・・歴史を見直して誰にどんなしわ寄せが寄っていって、それを愛という言葉で美化してきてこなかったかだろうかと点検が必要」とありました。
以前ここでも、お弁当が愛情?のブログで、その幻について書きましたが、
その記事に政治家の『愛情弁当論』❗️とありそんな言葉があると初めて認識しました。
そこには続けて
「特に女性やケア労働者の使命感やプライドそのがんばりに、この社会、おじさん中心の政策は頼ってきました」とあり、ぐぐっと胸に迫るものがありました。
私は、医療従事者として20年ほどですが、実際にその使命感や頑張りが現場を支えているとひしひしヒリヒリと感じてきました、そして家庭生活も主に女性が我慢して踏ん張っているように見える・・
さてそこで今回のツラツラテーマ
母性とは、父性とはなんぞや、
心理学的には、母性性&父性性と言い関わり方の違いを表していて
もちろんどちらの性でも対応できるわけです👀
母性性→家庭の中で子どもや家族を受容、許容、承認する力・・
父性性→子どもの成長にしたがって、さまざまな規律、約束などを教える・・
ここで大事なのは、もちろん形式的な家事労働とは関係がないわけで
母親が何でもかんでも頑張るって変な話だなぁという事なんですよね。
女性自身も呪縛がありますかね
母性=愛情、家族のために、我慢しなきゃ、など
母性=女性という図式、
でも違いますよねーーー
私の子供の頃の話になりますが、
我が家は母親が小学生の頃に病死でいわゆる父子家庭であったのですが、近隣の祖父母宅や、
お寺ということもあり家族以外の人とも(外国人も)生活していて、母がいた頃から家事はみんなで分担するものだったように思います。
以上、今日はそんなところで・・
気持ち新たに楽しい春になりますように🌸