3年ぐらい前に幕末の史跡巡りをしています。過去の事ですが、ちょっとづつまとめていこうと思っています。

史実については、専門家の方々がきちんと文章にされていますから、私は史跡巡りをして面白かった出来事などを載せていこうかなと思っています。(そう思ったら気分が楽になりました~かお


2004年9月23日~24日

会津の秋祭り(会津藩公行列など)に合わせて会津の史跡巡りに行ってきました。


ちょうどNHK大河ドラマ「新選組!」の放映中で、番組からなっなんと山本耕史さん、照英さん、尾関・・・じゃなかった熊面鯉さんの3名が参加され、会津は熱気につつまれました。


なんとこのお祭りの日、会津には31万人がお祭りを見に来ていたそうでえ゛!

実質、会津若松は当時10万人ぐらいの人口だったと思うので、約三倍の人がわさわさしていたんですね。会津若松市に住んでいる方々は迷惑だったのではないでしょうか。(今さら遅いですが、その中の一人としてお詫びいたしますo(_ _*)o)


2日間で、鶴ヶ城、阿弥陀寺、飯盛山、会津武家屋敷、松平家墓所、近藤勇の墓、飯盛山などなどを巡り、まだまだ行きたい箇所は沢山あったのですが、思ったより会津は史跡が多く、帰りの時間は迫ってきました。


残った時間でどうしても見たい場所を考えた結果


如来堂に決定しました。


新人物往来社の「歴史読本」 の中で、新撰組の記事の場合、必ずといっていいほど、ここの写真が載っているのですね。

斎藤一を中心とした新選組の一員がここで新政府軍に囲まれ、うまく脱出する事ができた場所らしいです。

そして、その場所は会津の観光地図ではすごーくはじっこに載っています。タクシーじゃないと行けない場所らしいです。


という事でタクシーを呼び、如来堂に向かいます。


タクシーの運転手の方が


「どうしてそんな所に行くの?」


と不思議がるので、その場所で起こった事を説明すると


「へーそんな事があった場所なの!俺、子供の頃にそこで遊んでたよ。知らなかったー」

「あっそれでね、子供の頃遊んでいて、近くの川で偶然骨拾った事あるけど、あれ、戊辰戦争と関係あんのかな~」


とびっくりするような発言の連発です。(゜д゜;)


タクシーの運転手さん、私と同年代のようですが、学校で「新撰組」や「斎藤一」について地元の社会科授業などもいっさいなかったという事です。(確かに、社会科で勉強するのはちょっと微妙ですよね)

飯盛山から15分ぐらいタクシーに乗り如来堂に到着しました。


周りは一面田んぼ


です。たぶん、この状況は、140年前と状態は変わっていないのでしょうね。

こんな場所で、八方塞りになり、よく逃げ出せたものだと思いました。


これは実際、ここに来てみないとわからない事実でしょうね。

来てみてよかったなと思いました。


タクシーも一緒に写ってます↓