エドガー・アラン・ポー( Edgar Allan Poe, 1809-1849)の初期短編「ペスト王」(King Pest, 1835)を読んだ。創元推理文庫版で、翻訳は、英文学者でジョイスやシェイクスピアなども手掛けている高松雄一である。

作品が発表された1835年と言えば、天保6年、江戸後期であり、滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」を書き続けていた頃であり、1837年には大塩平八郎の乱が起こる頃でもある。

ポーと言えば、私はなんとなく20世紀初頭くらいに活躍したかのようなイメージを持ってしまうが、もっとそれ以前である。

また、マルクスがちょうどボン大学に入学したとき、アンデルセンが「即興詩人」を書いたとき、でもある。考えてみれば、アンデルセンの作風とポーのそれとは、当時の時代や土地の風情のようなものの類似性を感じるし、マルクスがドイツのイデオロギストたちをこき下ろすときの皮肉めいた口ぶりとの共通性も感じる。まあ、そういう時代の作品である。

一方で、ポーと言えば、私にとしては、フランスの精神分析家ジャック・ラカンが「盗まれた手紙」を題材にして議論をしていた(「≪盗まれた手紙≫についてのセミネール」ことが、今でも親しみを覚えるきっかけとなっている。

 

 

外見が似ている2つの手紙があるとして、その両者のうち、いずれが自分にかかわるものなのかを知っていることと、知らないこと、そして、その2つは取り換え可能であるかのように、見えていること。これは、ラカンが別のところで、すなわち、「公衆トイレの2つの扉」においても、同じ扉でありながら、形と色の異なる「記号」の表示により、人は、自分が入ることを許される扉を選ぶことができる、という議論と同様に、「記号」(「言語」でもよいし「象徴秩序」でもよい)の持つ特性を言い当てている。

 

もっと一般的に言えば、これは、「隠す」「隠される」ということが、できるだけ凡庸であればあるほど、うまくゆく、ということを意味している。人間の認識は、あたりまえに見えるものや、堂々と隠されていないかのように見えるものほど、よく見えておらず、よく見ようとしない。そういった人間の心理の「くせ」に対する洞察を、この作品から読み取ることができる。

しかし、それでは他の作品はどのくらい面白みがあるのか、と言われると、それはかなり好みが分かれるところかもしれない。

実はこれを書いている時点では、私はまだ、創元推理文庫「ポオ小説全集I」を読んでいる途中であり、初期作品以外では、モルグ街の殺人や黄金虫、黒猫、アッシャー家の崩壊、などを除けば、読んだ記憶があまりない(なぜならばポーの作品集を読んだのは小中学生のとき以来であるから)ために、以下で述べることは、あくまでも、「ペスト王」というこの作品そのものの描写を切り取るだけにしたい。

「ペスト王」は、副題が「寓意を含む物語」となっている。

全体的に、無茶苦茶で、グロく、何やら知識の力で煙に巻くように見える傾向は疑いえないが、それでもなお、さすがポオだ、という印象をもつ作品である。

「ペスト王」の舞台は、エドワード三世の治める時代というから、14世紀、まさにペスト(黒死病)が蔓延していた頃のロンドンである。

「この波瀾に富む物語の当時、またその前後多年にわたってしばしば、英国全土には――特に首府ロンドンには――「疫病だ!」という恐怖の叫び声が鳴り響いていた。」(347ページ)

オランダとイングランドを往復している商船の乗組員水夫2人が、船から降りて、ロンドンの酒場に入るところから、物語ははじまる。

さんざん飲み歩き、金がなくなったため、店から脱兎のごとく逃げ出したところ、いつのまにか、危険な場所へと入り込んでゆくが深酒をしている2人は全く無頓着である。

「王の命によってこの界隈は禁制の地とされ、その陰鬱な静寂を犯すものは何人たりともすべて死刑に処されることになっていた。」(167 ページ)

言ってみれば、ここは、すでに住む者もなく、ロックアウトされた地区ということになる。

当然のことながら、こうした地区では、建物に残された貯蔵品や調度品は、略奪の対象となっていたので、荒れ果てた風景が目に浮かぶ。

それでもその荒くれの2人は、酒の勢いを借りて、さらに奥へ、奥へと、進んでいった。

彼らはある建物のあたりで躓き、その家には、ないはずの「人気(ひとけ)」があった。

そこは元葬儀屋だったところのようで、しかも家に忍び込んでみると、とても広い酒蔵をもっていることが、ただちにわかった。

しかも、その「人気」はとても「人」のものとは思えないほど、不気味な連中が、食卓を囲んでいた。

ここで6「人」に容貌の記述に入るわけだが、それぞれが容姿に唯一無二の特徴を持っている。詳細は割愛するが、グロテスクな世界である。また、葬儀屋という場所柄なのか、骸骨や棺桶が部屋中を装飾している。

「一座のおのおのの前には頭蓋骨のかけらがおいてあった。盃のかわりに用いるのである。」(174ページ)

2人の水夫の存在に気付いたその「連中」は、この珍客に対して礼儀正しく自己紹介をするが、なんとその代表格は、「ペスト王」を名乗り、「全王国」を統治しているという。

しかも彼らの企ては、酒を利用して推し進められるものであるが、その「企て」とは、「われらのすべてを司る無限の王国の君主、あの超自然界の王、「」のまことの繁栄をおし勧め」(176ページ)ることのようである。

ここには、「死」と「酒」との近接性が土台となって、物語が構成されているが、「酒」は「死」への第一歩であるかのようにみえるが、その逆で、むしろ、あたかも「生への意志」の象徴であるかのように描かれている。もう少し丁寧に言えば、「生」と「死」とをつなぐ重要な契機となっている。

ただ2人の水夫は、自分たちの「快楽」のためにのみ酒を飲みたい。しかし、ペスト王は、「予が王国の繁栄を願ってこれを飲みほしたならーーひざまずいて一息に飲むのだぞ――おのおのの好むところに従って、ここから出ていこうと、あるいはとどまってわが食卓に列する光栄を受けようと、お前たちの勝手次第だ」(177ページ)という、かなり譲歩したつもりの提案を行う。しかし、水夫の1人は、全面的に拒絶する。

この「拒絶」こそ、「生への意志」である。提案を拒絶し、ひと暴れして、水夫たちはこの場から立ち去るのだった。

ただ、それだけの話である・・・。

新型コロナウイルス禍のさなか、こうした物語にふれても、別段、何か教訓を得るわけでも、役に立つわけでもない。しかし、まるで「疫病」も「死」をあざ笑うかのように「酒」に溺れて暴れまくるその姿には、強い生命力を感じる。

これをある種の「皮肉」や「批判」と考えるならば、そういう意味では、単なる「肯定」や「否定」と異なり、他者(疫病も含む)を巻き込みつつ、もしくは、他者(疫病も含む)にからめとられそうになりながらも、「生き抜こう」とする姿が描かれている、と言えるかもしれない。

残念ながら、私の洞察はここまでである。

ちなみに、ポーには「赤死病の仮面」(The Masque of the Red Death, 1842)という作品もある。何か述べることができるものがあれば、こちらについても、いずれふれる機会があるかもしれない。また、本全集には小林秀雄や2/3を訳し、残りの部分を小林の文体に沿って大岡昇平が訳した「メルツェルの将棋差し」という作品も含まれている。本書のなかではこの訳文がもっとも優れた訳文ではなかろうか。