銀座という「舞台」の未来とは
宮本亜門、竹沢えり子
銀座ソニービル
2016.09.03
ソニービルは1966年に銀座にショールームとしてつくられた。それ以来50年、半世紀にわたって、さまざまな「仕掛け」を行ってきた。このソニービルが2018年から2022年すなわち、ちょうどオリンピックの前後にはビルがなくなっており、その土地は「広場」として利用されるという。これが「銀座ソニーパークプロジェクト」と名付けられたものである。こうした移行前にあたってソニービルでは、トークセッションを行っており、今回が第4回を数える。
宮本は世界に名だたる演出家で、銀座(新橋寄り)生まれ、生家が喫茶店(カフェ エリカ Erica 茶房 絵李花)であったこともあり、銀座には相当思い入れがある。竹沢は以前民間シンクタンクの社長を務め銀座研究や資生堂との共同研究プロジェクトを行ったのち、銀座まちづくり協議会、デザイン協議会事務局長として、ビルの高さや広告、その他のまちづくりにかかわるご意見番のような存在。
最初に宮本が自身の仕事をふりかえりつつ、銀座のこれまでの経緯やこれからの可能性を語った。詳細はここではふれないが、そのなかで、今回のトークセッションの主題とは関係ないが、「太平洋序曲」というミュージカルのエンディングに、原爆が落とされるシーンを入れた、と述べていたことが印象深かった。機会があれば是非とも見てみたい。
それはさておき、銀座という場所については、何よりも、「歩く」ということが強調された。すなわち、建物や施設、店、箱、そういったところに、交通機関を使ってやってきて、何かを購入したり、何かを体験して、帰る、そういうことではない経験の場所として、銀座が語られた。
「銀ぶら」という言葉が思い浮かぶ。銀座通りのように、大きな通りもそうだが、金春通りなど、小さな通りも趣がある。そこを「歩く」ということ。歩きつつ、お店に入ったり、ビルに入ったり、人を眺めたり、といった経験をする。
竹沢によれば、最近の銀座では、新たに建物や広告などを展開する際には、必ずチェックが入るという。しかもその基準は、最終的には「銀座らしい」かどうか、というもの。
もちろんビルの高さについては、数値的な基準を設けているが、それ以外は、銀座にふさわしいのかどうか、銀座らしさをつくりだしてゆけるかどうか、という考え方は、非常に興味深い。
都市条例、景観条例など、どうしても全国的に定められるものは、共通の尺度を数値化、具体化、普遍化しなければならなくなる。その結果は既に知られているとおり、どのまちも、どの都市も、みな似たり寄ったりのものにしかならないのである。
「銀座は唯一無二」と竹沢は言う。本当はどのまちも、どの都市も、みな「唯一無二」であるはずだ。現実はそうではないなかで、せめて銀座が「オンリーワン」であり続ける気概をもってくれていることは、他の場所においても手本となるはずである。
また、先ほど「歩く」ということを強調したが、これは単に、人の移動の仕方を言っているのではない。街並みの「にぎわいが連続する」ということのようだ。実際にそうした「デザイン」によって、東急プラザが生まれ変わり、これからは松坂屋がリニューアルする。
「歩く」ということは、単に移動するということではない。人と出会うということであり、銀座というまちは、人と人との出会いや、関係、そして信頼といったものを基盤においているのである。
宮本は、一つのイメージとして、多くのビルの屋上に「庭」をつくったらどうか、と提案していた。銀座には公園が少ない。
その代わりに、土日には歩行者天国がある。歩行者天国とは、ふだん車が占有している道路を「歩く」ことに使えるということであり、これが銀座にとっての「公園」の代替であり、公共性の生成する場所である。
多くの人が「歩き」、かかわり、相互に言葉やモノがやりとりされるその多様性が保証される空間、これこそが、銀座の過去の遺産であるとともに、これからの銀座を生み出してゆく基盤となりうるものだと思える。
これをさしあたり、「アーバン・コモンズ」と呼んでおきたい。
こうした銀座の取り組みを模範例としつつ、他の都市空間においても、それぞれに魅力ある「アーバン・コモンズ」を発掘し、次世代に向けて、豊かにしてゆけるものならば、と願うばかりである。
なお、ソニービルは2013年7月から9月まで3か月間、バイオマス発電を行ったようだ。発電電力量は47,000kWhだった。
こうしたエネルギー問題にも、ぜひ銀座は取り組んでほしい。
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