読んだ本

地域再生の環境学
寺西俊一、西村幸夫 編

淡路剛久 監修
東京大学出版会

2006.05

寺西は1951年生まれ。京都大学経済学部卒。一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学大学院経済学研究科教授。「新しい環境経済政策」「環境共同体としての日中韓」など。西村は1952年生まれ。東京大学工学部卒。同大学院修了。東京大学大学院工学系研究科教授。「都市保全計画」「環境保全と景観創造」など。

 

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監修者の序文には「再生」には2つの意味合いがあり、一方には経済に負荷をかけるもの、もう一方には環境への配慮を優先しつつ都市や地域の再活性化の道を模索するものである。

 

本書は英文タイトル「Environmental Studies for Regional Sustainability」にあるように、後者の立場からのものである。

本書の成立には、日本生命財団(日本財団ではない)の研究助成がかかわっている。

 

また、日本全体の共通したキーワードとしては、環境の回復、人への期待、地域社会の再生、既存システムの転換、が含まれている。

 

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淡路はまず、日本の環境政策の歴史的経緯について、1)公害規則、2)自然保護、3)アメニティ保全、そして4)地球環境保全と「拡大」してきたととらえ、継続的に言われてきた。

 

環境負荷の低減と循環型社会の形成に加えて、「環境再生」が今必要になっているととらえる。

 

つまり「遺産」としての「環境」のマイナス面をしっかりと長期にわたって保全していこうとする流れである。

 

続いて原田、除本らは水俣における「再生」について検証しているが、この場合、「環境」とは、単に公害の直接的原因とそれによる影響だけを指すのでない。

 

当然、第一に、自然(地球)環境全体への影響を見なければならないし、さらには、社会関係資本またはコミュニティ再生という次元が重要なものとして強調されている。このあたりは「フクシマ」において一通り体験したことであるので、過去のことを知らなくても今なら誰もがイメージできるものであろう。

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第3章では磯崎が、自然環境と農村に焦点をあてて再生を考えている。

1)絶滅危惧種の野生復帰

2)生態系の回復

3)農村の再生

 

まず、農村とは里地、里山という。この場合、自然保全施策は以下が挙げられている。

 

1)生態系の重視

2)予防原則

3)分断された生態系機能の修復

4)生物多様性の維持と回復

5)汚染防止基準を生態系に配慮したものに変える

6)自然への認識、理解の向上

 

先進事例として、1)琵琶湖の内湖再生、2)地方自然体による里山の再生と保全、3)自然再生農業、が挙げられている。

 

とりわけ、里山は国土の4割を占めるため、「日本の代表的生態系」(77ページ)と言われている。

 

「里地里山は日本人にとって原生自然よりも安らぎを感じる空間」(同)であり、「日本の原風景である農村環境の根幹に位置しており、その荒廃は日本の自然、文化、社会の喪失を意味する」(同)のである。

 

2000年代には生物多様性条約の流れから里地里山の保全が地方自治体の大きなテーマになってきた。さらに言えばコモンズ論もこうした動向から生まれ出たものと言えるかもしれない。いずれにせよ、この問いの根底には、経済社会活動に地球の生態系、自然の循環を統合するという重要な課題が横たわっている。

 

しかし、原発の是非における経済的分析もそうであるが、こうした主張はいずれにしても、最初に理念ありきで、何をその範疇にするかによって当然、着地点も異なってくる。

 

ここでは「再導入」という事業の手法が紹介されており、大変興味深い。

 

5章(西村)は、都市環境をテーマにしている。

 

都市問題は今や人口の減少が必ず背景に置かれる。これが21世紀の都市問題論の典型となるだろう。

 

100年単位でいえば、20世紀は日本の総人口が約2倍に膨らんだ時代、となる。すると、21世紀はそえが再び半減する時代とみなされている。

 

この「急激な流入人口」に対応するために都市は「無計画」に拡大していった。

 

計画の基本となる行政は「縦割り」によって、また、「事業の推進」によって、成り行きまかせに税金を使ってきた。

 

見直しが叫ばれたのが21世紀に入ってからであり、課題は次のように整理されている。

 

コミュニティの復活と地方の分離、市民参加による「諒解達成型」プロセスの実施、などによる都市においては以下が求められている。

 

1)郊外化の阻止

2)商業地域の魅力再生

3)公共交通機関の強化

4)都市型住宅のプロトタイプ確立

5)文化情報の発信基地化

6)個性を生かした景観整備

7)地域コミュニティを重視した再生型のまちづくり

 

6章では、大都市臨海部の地域経済と環境について論じている。

 

20世紀の後半部においては臨海部は重化学工業の拠点として大きな役割をはたしてきたが、21世紀に入り、産業構造の変化が起こるなかで「再生」が検討されはじめている。

 

この場合、「再生」の意味が非常に厳しく問われる。すなわち、産業的な再生なのか、環境の再生なのか、である。

 

イリイチに言わせれば、インダストリアルとバナキュラーの拮抗である。

 

ただし、そうした定式化はあくまでも理論上の話であって、21世紀においてもBRICsの台頭などにより鉄鋼業などは息を吹き返してきている。

 

加えて、鉄鋼業もリサイクル技術を導入し、ある意味では環境産業のリーディングを担っている。

 

事例として、英国ブレア政権における再生計画、独ルール工業地帯のエムシャー川流域における地域再生計画、米サンフランシスコ湾域をとりあげている。

 

国内では、千葉、蘇我、京浜、四日市、堺、北九州がとりあげられている。

 

たとえば京浜では「臨海」が自然環境、社会環境、文化環境としてほとんど成立していない。

 

「海」というものに、ふつうの人はほとんどアクセスできないのである。

 

結局、生活よりも産業(新産業)への転換が第一に思慮されている。

 

いずれの場所においてもまず「遊休地化」が進んでいる。

 

また歴史的にみて、この土地の大半は「埋立」である。

 

こうした経済もあるせいだろうか、議論とプロジェクトは共通した傾向性をもつ。

 

「奇異に感じることは、本来大都市の海辺は明るい陽光輝く表玄関一等地であるはずなのに、まるで大都市圏のなかに「闇の空間」を造る計画になっていることである」(194ページ)

 

その結果、危険性の高い産業や、規模経済を求めて産廃物を全国から集めるということが起こる。

 

ほか、高層マンションものきなみ建造されているが、これも本来の「住環境」を形成しているようにはみえない。

 

7章(永井)においては、モータリゼーションが問われている。モータリゼーションは一方で自動車を、他方では道路交通を必要とする。こうしたモータリゼーションに対して永井はきっぱりと次のように宣言する。

 

「クルマに過度に依存する社会のあり方、生活のあり方を見直し、道路交通政策を脱クルマ依存に転換し、環境に配慮して、公共交通機関や徒歩、自転車とクルマを効率的に組み合わせる統合交通の実現に向けて、社会を再設計していかなくてはならない」(206ページ)

 

そのために、ここでは、いかに主眼があてられている。

1)クルマ依存社会の弊害を自動車交通の外部費用という形で計測

 

2)道路交通政策の転換の過程を日本の道路政策の変遷に絡めて展開

 

3)自動車郊外で深刻な健康被害を引き起こしているSPM(浮遊粒子物質)の対策としてディーゼル車に対する首都圏8都県市の対策を例にして検討

 

4)ロンドンにおける「混雑税」の導入について見当

 

5)サステイナブル・トランスポートに向けて行われるべき政策について検討

 

このうち、2)については、神奈川県川崎市、兵庫県尼崎市における道路の再構築、韓国ソウル市の清渓川の再生事業についてとりあげている。

 

第8章(大久保)は、地域開発に対して市民の合意や開発プロセスへの参加が求められているなか、実質的な効果が期待できる社会的な環境配慮システムの構築のために何が必要なのか模索している。

特に大規模な公共事業計画において市民参加と環境配慮がどの段階でどのように組み込まれているのかについて分析を行い、今後の方向性を提示する。

 

一言でまとめれば市民参加が「権利」として十分に保障されていないという課題があるとする。

 

補論2(山下)では、まず、2004年ころに四日市市の産廃物が問題になったことをとりあげる。

 

1)大矢知の産廃不法投棄

2)廃棄物のガス化溶融処理施設

3)フェロシルト問題

 

また三重県は2003年にRDF(ごみ固形燃料)発電所の爆発事故がある。三重県は北側知事のもと、環境先進県を標榜していたが、実際には失敗の連続であった。

 

他方、産廃税の導入により、数字的にはよい結果が出ているようであるが、実質的な削減には至っていないようである。

 

終章(山下)では、サステイナブルな社会を構築するにあたって、政策理念の確立とそれに基づいた施策の展開が鍵となっている、と主張する。

 

本章では、海外と国内の取り組みの事例をとりあげ、特に重要なのは国内の場合、西淀川地域の公害裁判であり、ここではきわめて本源的に「生活コミュニティ」総体の「再生」を目指す取り組みが行われた。

 

このプロセスはその後、川崎臨海部地域、水島地域、尼崎地域、名古屋南部通気と、裁判が続けられた。

 

他方で、行政の動きとしても、尼崎21世紀の森構想、千葉三番瀬の干潟再生事業、釧路湿原の自然再生事業、神奈川県丹沢大山自然再生事業、などが可能性として期待されている。

 

目指していることを3つに絞っている。

 

1)環境被害ストックの除去、修復、復元、再生

2)未来のために良質な資産を形成

3)エコロジー的に健全で接続可能な社会を目指す

 

それに対する課題は、以下の3点である。

 

1)推進主体

2)政策統合

3)費用負担と資金・財政措置


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すべてを網羅することは時間的に難しかった。他にも多々重要な指摘がある。



目次      
序章 環境再生とサステイナブルな社会
淡路剛久
 

1章 水俣がかかえる再生の困難性 水俣病の歴史と現実から 

原田正純

 

2章 公害からの回復とコミュニティの再生

除本理史、尾崎寛直、礒野弥生

 

3章 自然および農村環境の再生 日本の原風景の保全に向けて
磯崎博司
 

4章 自然再生事業と再導入事業
羽山伸一
 

5章 都市環境の再生 都心の再興と都市計画の転換へ向けて
西村幸夫
 

補論1 都市再生は住宅再生から
塩崎賢明

6章 環境再生と地域経済の再生 ポスト工業化時代の大都市圏臨海部再生
中村剛治郎、佐無田光
 

7章 環境再生とサステイナブルな交通 道路交通政策の再構築に向けて
永井進
 

8章 環境再生と市民参加 実効的な環境配慮システムの構築をめざして
大久保規子
 

補論2 「環境先進県」が生んだ「負の遺産」 循環から環境再生への転換・拡張の必要性

山下英俊
 

終章 環境再生を通じた地域再生 これからの課題と展望

寺西俊一、除本理史
 


地域の多様な現実を見つめ直し、プロジェクトベースの環境負荷を高める施策ではなく、地域・都市の環境総体の回復・再生を目指す新たな提言。各自治体や市民が、自らの課題を考える際に参考となる重要な事例を紹介する。