読んだ本
エネルギー・セキュリティ――理論・実践・政策――
矢島正之
東洋経済新報社
2002年5月

ひとこと感想
国内における原発の選択は国際政治的な視点から不可避であると主張する人たちがいる。「原 発」の今後を考える際に避けて通れないのがこの「エネルギーセキュリティ」論である。大して本書は過去の石油危機の「恐怖」に惑わされずに冷静に現在的な エネルギー源の確保対策を論じた良書で、むしろ原発新設が困難になってゆく状況のなかで、さまざまな選択肢を提示している。

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著者の矢島正之(YAJIMA Masayuki, 1947-  )は、ICU大学院行政学博士。、電力中央研究所、研究参事。

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まず、注意しなければならないのは、「エネルギー・セキュリティ」と言っても、本書は「一次エネルギー」を主題としており、「電力供給」は扱っていない、ということである。

つまり「セキュリティ」には二つの意味合いがあり、海外も含めたエネルギー源の確保、ということと、今度はそれを国内で安定的に利用者に供給する、ということであり、本書は、この前者のみを扱っていることになる。

どうしても前者に議論が集中してしまうが、後者も含めて「セキュリティ」であるということは、とても重要なので、忘れないようにしておこう。

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▼本書におけるエネルギー・セキュリティの定義

 一次エネルギーの安定的な供給の確保

▼なぜエネルギー・セキュリティか

 OPECからの原油輸入の不安定さを解消するため

 1)分散させる

 2)OEPC以外のパートナーを増やす

▼いつのトピックか

 1970年代にもっとも真剣に考えられた

▼どこが主唱したのか

 ヨーロッパ諸国

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国際石油市場においては、今後も、OPECのシェアが高く、影響が大きい。

しかし一方でガスについては、いくつかの点で石油と大きく異なる。

・オイルショックのような出来事が起こっていない
・市場が地域間でのやりとりに限定されている
・輸送がしにくい(パイプライン、またはLNGの輸送)
・安全性管理に配慮

また、石炭は埋蔵量が多いにもかかわらず取引対象となる機会が少ない。

これに対してウラン市場には、次のような特徴が指摘されている。

・埋蔵量でみて60年以上、資源量でみるとかなり多い
・核兵器を解体して転用可能
・再処理技術が実用化すれば、さらに節約可能
・高速増殖炉も期待されている

後半に2点は近年かなり実用化が困難になってきているが、少なくとも前半の2点は単純に他の資源よりもメリットがあることは間違いない(いろいろなことを留保したうえでだが)。

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輸入依存度の傾向から著者は、3つのタイプに分類している。

1)豊富に資源があり輸入に依存する必要がない国
 ノルウェー、オーストラリア

2)国内資源があり輸入依存度が低い国
 英国、米国、デンマーク

*注 デンマークは石油をノルウェーから多く輸入しているが両国の関係が友好的であるためここでは2)に含められている

3)輸入依存度が高い国
 イタリア、ドイツ、フランス、ポルトガル、日本

つまり、3)の国々がもっとも「エネルギー・セキュリティ」について真剣に考えざるを得ないということである。

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資源の安定受給化のために可能な手段、として、以下の4点を挙げている。

1)緊急対応策
 備蓄の放出、需要抑制

2)エネルギー供給の多様化
 種類や供給元を多様化する

3)国産化
 「準国産」と表記される原発を含む

4)利用効率の向上
 断熱材の改良、転換ロスの軽減など
 特に国内における省エネルギー実績はかなり著しい

これらを組み合わせることで最適なセキュリティが実現しうるという。

特に3)については、各国少しずつ異なる。

知ってのとおり、フランスは徹底して原発を中心にしている。

ドイツは方向転換し、原発から離脱した。

米国は経済的な理由で原発から離脱しつつある。

英国は以前は国内の石炭と原発の推進を行ってきたが、国内の電力市場の自由化により原発は縮小傾向にある。

日本も、おそらく今後比重が高くなることはないと思われる。

あらためて考えると現在、先進国においてはフランスのみが原発推進国であると言える。

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さて、ここで重要な指摘がある。

かつてのオイルショックのようなことが、今後また起こると日本の経済は大変なことになる、と一般的によく言われる。

しかしなんと、著者らの分析によれば、現在のところ、かつてのような大きな影響はないという。

「原油価格上昇のマクロ経済への影響は、現在では第二次石油危機当時と比べ4分の1以下に低下している。・・・わが国経済が依然として石油に重要な投入要素としている状況は変わりがないが、価格ショックへの経済への影響は確実に軽減してきている。」(42ページ)

エネルギー・セキュリティは、過去とは大きく位置づけが異なってきているのだ。

そして実際には、1980年頃までは政府が過度に市場に介入し、エネルギー・セキュリティを確保してきたが、この30年ほどは市場メカニズムによって価格を安定化させる方策を中心としてきたため、「政治」的に介入する意義が以前とは異なるのである。

また、石油に対してガスが重要な役割を担いはじめている、ということも強調すべきであろう。

こうして、「エネルギー・セキュリティ」は位置づけや意味合いがかつてと現在とでは大きく異なる様相を呈している。

「エネルギー政策は今日では、効率化、環境保全、エネルギー・セキュリティ確保という複数の目標を追求し、これら目標の間でどのように調整を図っていくかが重要な課題になってきている。」(43ページ)

さて、こういった状況において「原子力」はどういった立場にあり、今後どういった方向性が考えられているだろうか。

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もっとも原発の比率が高いフランスは、1970~80年代に集中して建造し、現在老朽化が進んでいるが、基本政策としては、当面原発を中心に据えることは変わりない。ただ同時に、再生可能エネルギーへのシフトも進めている。

さらに重要なのは、フランスではすでに1988年に、経済性を理由として高速炉を永久閉鎖している点である。

また、米国においては、これまで一定程度原発は推進されてきたしブッシュもオバマもそう言明してきたが、市場の自由化や経済コストからみて割高であることなどによって、総体としては(実際には)比重を下げている。

さらに、本書では、国内でよく言われているような原発の経済効率性の高さは、最初から全面的に否定されている。

純粋に経済性の観点から評価したとき、原子力は他の電源とは太刀打ちは難しい。・・・米国では、原子力発電所の新設は現在の技術のもとでは今後も難しいと考えられる。」(102ページ)

これは本書が安価な「発電コスト」について、建設コストの高さを組み込んで考えているからである(事故や廃棄物などについては特にふみこんではいない)。

なお、米国においては原発はエネルギー・セキュリティの文脈では重視されていない、という。

もっぱら、経済性において活用されてきたのだ(核兵器との関係などもっと論じてもよいかもしれないが、著者はそこにはふみこんでいない)。

また、もう一点。

軽水炉の新設が難しいなかでビル・ゲイツが推進しているような劣化ウランを使った小型原子炉などの実用化が、現在米国で推進されている「原発」の中身である。

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さて、本書では「日本」のエネルギー・セキュリティについて、どうとらえているだろうか。

まず、戦後のエネルギー政策について、以下の6つの期間に分けている。

1)占領期 1945-1951
 唯一の国産品である石炭の増産を目指す

2)経済自立化 1952-1961
 安価な輸入品が増えてきたが、まだ「炭主油従」

3)高度経済成長期 1962-1972
 油主炭従に転換、原子力、LNGの導入開始

4)石油危機 1973-1982
 多様な非石油エネルギーへのシフト、省エネ

5)石油危機以降 1983-1991
 ある程度の安定化、コストやニーズとの兼ね合い

6)近年(本書刊行時) 1992-
 エネルギー需給安定と経済成長に加え環境保全が重要テーマとなる

こうしたプロセスを経て、原子力はどう位置づけられているだろうか。

まず推進してきた理由を三つ挙げている。

・ウランが政情安定地域に偏在するため供給安定化
・核燃料サイクルが成功すれば純国産化可能
・CO2排出削減に寄与

逆に欧米で消極化している理由を二つ挙げている。

・安全性に対する懸念
・経済性

「わが国のエネルギー・セキュリティ確保に関する最大の特徴は原子力の積極的な開発にあったといえるだろう。」(121ページ)

そして今後については、中国やインドなど、アジア諸国のエネルギー需要の急増に伴い、よりいっそう安定供給の確保は重要な課題となると予測している。

そのため、中長期的に原子力の推進もある程度肯定的なものとしてとらえられている。

しかし実際、欧米諸国と同様に、ネガティブな要因が大きくなった場合、同じように「エネルギー・セキュリティ」の考え方としては、原発への過大な依存も避けるべきだ、ということに必然的になる。

むしろ逆に、これまで電力の自由化が原発推進の阻害要因になることから避けられてきたが、経済的視野にたって自由化を優先すれば、原発の優位性が失われてゆくことだろう。

ここにさらに、これまで宙吊りにしてきた放射性廃棄物処理に関するコストの問題を加えると、条件としては、決して良好には見えない。

それでもあえて推進するとなると、そこには、核兵器開発や米国との関係、さらには既存の利権など、別の理由を立てる必要がある。

はたしてそれらが、最優先事項なのかどうか。

むしろ私であれば、原発を「推進」する理由は、これまでの「後始末」のために、当面、私たちが原子力とかかわらなければならないことは必定である、ということになる。

つまり、他の資源と異なり、簡単に「やめた」と言えないのが「原子力」であり、やめるにしても、長期的かつ計画的に進めざるをえない。

これまで、ここまでかかわってきた以上、簡単に「脱」も「反」もできない。

エネルギー利用としては「原発依存」を下げつつも、もっと積極的に「原発」対応(後始末)を推進すること、それが、今私が望んでいる政策である。

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さらに悩ましいのは、よく世間では最新型の原子炉であれば安全であるから、古いものは廃炉にしてリプレイスするという推進の仕方もある、という意見が聞かれる。

しかし、英米でみられるように、電力の自由化が進むと、新規で建造することは基本的に避けられ、できるだけ既存のプラントを長期的に利用しようとする傾向にある。

「大規模で資本集約的電源である原子力発電の資金リスクを考慮したとき、徹底的な競争が導入された場合には、新規の原子力発電プラントは建設されないと考える十分な理論的な根拠が存在する。」(173ページ)

実際にたとえば米国のデュークエナジーでは原発の新設をしない理由として以下のものを挙げている。

・原子力に好意的な市民が少ない
・政府の推進策は必ずしも新設を支援していない
・建設コストが高い
・建設期間が長く、そのあいだに大統領が変わるかもしれない

私たちは今、原発を新設することはもちろん、既存のプラントを再稼働するのさえ、困難になっている。

しかしこの「困難」の理由は、ひとえに、これまでの原子力関連の対応が、企業も政府もすべて、問題が多かったからであって、理不尽に妨害しているわけではない。

ここでもう一度、しっかりと一つひとつクリアさせてゆくことが、推進派にとっても反対派にとっても大事であって、なんでも頭ごなしに再稼働するのも、とにかく停止すればよいというのも、間違っているように思われる(それぞれの心情を否定したいのではないけれども)。





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