知らなかった。

スーパーマンとは、いわば、原子力を掌中に収めた人間のメタファーであったとは。

スーザン・ソンタグは論考「惨劇のイマジネーション」のなかで、こう述べている(この論考の内容については明日あらためてとりあげたい)。

「地球の外からやってきた超人的英雄(最も有名なのがスーパーマンで、彼はいまのところ核爆発の爆風で炸裂したとされている惑星クリプトンの孤児である)」(ソンタグ「反解釈」341ページ)

Wikipediaによれば、スーパーマンは、コミック版が1938年に登場している。原作はジェリー・シーゲル、作画はジョー・シャスターで、アクション・コミックス誌に掲載された。

この、最初の設定から、彼は、クリプトン星人である。

クリプトン星は、高度な文明をもちながらも存亡の危機にあった。彼の父親は息子を救うために、カプセルに詰めて宇宙に飛ばした。たどりついたのが米国のカンザス州だった。たまたまそれを見つけたケント夫妻が、クラークと名付けて育てる。

かぐや姫や桃太郎のような、貴種流離譚との類似性を感じる。

以下、スーパーマンにおける、原子力との関連性を列挙しておく。最初だけがソンタグが指摘したもので、のこりは、主にWikipediaによるものである。

- クラークの生まれた星は、どうやら「核爆発の爆風で炸裂したとされている」(ソンタグ「反解釈」341ページ)。

- スーパーマンの透視能力は、X線によるもの

- スーパーマンの透視は、鉛があるとできない

- スーパーマンは、熱線を吐く

-
スーパーマンの弱点は、鉱物クリプトナイトからの放射能

実は、単にこれだけである。しかし、

スーパーマンが描かれはじめた1938年とは、クリスタルナハト事件をはじめ、ヒトラーの勢力がはっきりと危険な状態になりはじめた年である。また、オーソン・ウェルズが火星人来襲のラジオ劇で全米をパニックに陥れた年でもある。

クリプトン元素自体は、1878年に発見されており、もちろん、スーパーマンが描かれたときには、すでに知られてはいた。

しかし一方で不思議なのは、1938年とは、エンリコ・フェルミが放射性物質の発見でノーベル賞を獲得する一方、ハーンとマイトナーが実験結果を前にして、
核分裂なのかどうか手紙をやりとりしていた頃に、「クリプトン」と「核爆発=核分裂反応」とが連接性をもって表現されている点である。

ウランに中性子をあてると、クリプトンとバリウムに核分裂反応が起こることは、まだ知られていなかったはずなのだ。

にもかかわらず、なぜ、クリプトン星という名になったのだろうか。ちょっとしたミステリーである。

また、クリプトナイトという架空の鉱物から発せられる放射能が弱点というのも、不思議である。彼自身が放射能化しているように思えるのだが、この放射線を浴びるとスーパーマンとしての能力がなくなり、普通の人間になってしまうどころか、3時間も浴び続けると死に至るというのだ。

おそらくこうした核エネルギーに関する説明は、戦後の「Atoms for Peace」プロモーションの過程において付与されたものであって、最初からあったものではないと推測されるが、それにしても、無茶苦茶である。

要するに、1950年代にスーパーマンは、原子炉のメタファーとなったのであろう。


…と、書いていたら、スーパーマンに関する速報が入ってきた。

クラーク・ケントは、2012年10月24日付で、勤め先の新聞社
デイリー・プラネットを辞めて、ニュースサイトを立ち上げるのだそうだ。

なんでも、新聞が「娯楽化」したことを憂えて抗議したものの方針を変えることができなかったため、趨勢として、ネットのニュースサイトに可能性を見出したそうだ。

彼の特技の一つに、超人的な(スーパーマン的な)スピードでタイプをニュース記事を書くというのがあるので、おそらくネットのほうが彼の能力がいかんなく発揮できることと思う。

しかし、これまでのこの原子炉のメタファーとしての彼の存在は、どういう方向に向かうのであろうか。

彼の寿命は、もしかすると人間とは異なるのかもしれない。

また、自分の制御できなくなって爆発を起こすかもしれない。

そんななかで、彼は何を「報道」しようとしているのだろう。

クラーク・ケントの悩みは尽きない。
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