読んだ本
ヒバクシャ・シネマ:日本映画における広島と長崎と核イメージ
ミック・ブロデリック:編
柴崎昭則・和波雅子:訳
現代書館
1999年

Hibakusha Cinema: Hiroshima, Nagasaki, and the Nuclear Image in Japanese Film
Mick Broderick(ed.)
Kegan Paul International
1996

ひとこと感想
「外側」からの邦画分析。ゴジラ、生きものの記録、八月の狂詩曲、夢、黒い雨、24時間の情事、AKIRA、夢千代日記などを中心に、核をどのように映画で描かれているのかを探っている。分析内容よりも、ふと漏らされる、「日本の戦争責任」の問題と、共産党関係者による映画制作への指摘が、印象的だった。


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本書は10人の著者によって書かれた論文集である。

目次
0 まえがき
   ミック・ブロデリック
1 「もののあわれ」――映画の中のヒロシマ
   ドナルド・リチー
2 ゴジラと日本の悪夢――転移が投射に変わる時
   チョン・A・ノリエガ
3 日本のマンガとアニメーション
   ベン・クロフォード
4 「AKIRA」――核戦争以後の崇高
   フリーダ・フライバーグ
5 占領期の日本映画が描いた原爆
   平野共余子
6 中心にあるかたまり――「広島・長崎における原子爆弾の効果」
   安部・マーク・ノーネス
7 極端な無垢の時代――黒澤の夢と狂詩曲(ラプソディー)
   リンダ・C・アーリック
8 黒澤明と核時代
   ジェームズ・グッドィン
9 抑制された表現――小説・映画「黒い雨」における語りの戦略
   ジョン・T・ドーシィ、松岡直美
10 「死と乙女」――文化的ヒロインといしての女性被爆者、そして原爆の記憶の政治学
   ヤマ・モリオカ・トデスキーニ

本来はスーザン・ソンタグの「惨劇のイマジネーション」も収録されていたのだが、すでに邦訳(「反解釈」所収)が出されているということで外されている。残念である。

論文(章)タイトルからも分かるように、主に扱っているのは、ゴジラ、生きものの記録、八月の狂詩曲、夢、黒い雨、24時間の情事、AKIRA、夢千代日記など、ほとんどがメジャーな作品ばかりである。

唯一の例外は、記録映画「広島・長崎における原子爆弾の効果」である。これについてはよく知らなかったので、とても参考になった。

他にもいくつかフォローしていなかった映画もあり、資料整理の側面から言えば、本書にはいろいろと助けられた。

しかし、「彼ら」がどのように原爆について考えているのか、については、興味深く読めたものの、それ以外には、内容的に、それほど何かが得られるものではなかった。

たとえば、「生きものの記録」「八月の狂詩曲」「黒い雨」に対して、「日本の戦争責任を避けた」(21ページ)というような批判をしている(アーリック)。

この批判の意味が、私にはよく分からない。

また、「ヒロシマ」の監督である関川秀雄や「原爆の図」の監督の一人である今井正、そして「生きていてよかった」や「世界は恐怖する」の監督である亀井文夫が共産党員であることを強調する(リチー)。

そして、それらが、「原爆」や「被爆」に対する正面切ったアプローチをせずに、党派イデオロギーを表現するものとして利用していると説明する。これは、すっきりとしたもの言いで、好感がもてなくもないが、それだけで本当にいいのか、という疑念も生じる。

さらに、そのなかでは、「生きものの記録」と「24時間の情事」は傑出した作品であると評価されている。この両作品がもっとも「もののあはれ」を表しているはずだが、逆に日本では成功しなかったという指摘がなされている。

「ヒロシマと折り合いをつけられないでいるのは、日本ばかりではない。これは、今日、世界中の人々が等しく分かち合っていることだ。・・・日本がこれまで作って来た映画は、「ヒロシマ」という言葉をめぐる連想の複雑性を、そして被爆都市と原爆そのものが日本人にとってどの程度まで象徴となったのかを、指し示しているのである。」(リチー、47ページ)

黒澤に対しては、アーリックが「八月の狂詩曲」と「黒い雨」を中心とした論考を書いているが、これは「無垢さ」をテーマとしており、その無垢さがこの歴史的出来事をしっかりと後世に伝えようとする意志をもたないと批判している。

グッドウィンはもまた黒澤をテーマにし、ここでは「生きものの記録」「夢」「八月の狂詩曲」などがとりあげられているが、概説以上のものはない。

また「黒い雨」を中心に論じたドーシィ&松岡も、あまり引っかからない。

ゴジラに対しては、ノリエガがフレドリック・ジェイムソンの批評概念を用いつつ、こう語っている。

「ゴジラ映画は、核戦争や占領、核実験など問題の多い日米関係を象徴的に再現するために、ゴジラにアメリカの役割を転移する。しかしそれらの映画は、解決を求める過程において、転移されたものを非難して破棄することで「問題」を「解決」するにとどまらない。「対象への自己同化」は、転移の過程に暗に含まれる自己と他者との鋭い分離を和らげるため、ゴジラはアメリカ(他者)だけでなく日本(自己)をも象徴するようになるのだ。」(56ページ)

何かを言っているようないないような、難しいところである。

クロフォードの論考は、日本のアニメ概説なので、ここでは特にとりあげない。省略。

フライバーグのAKIRA論。ゴジラが戦後日本の一つの象徴であるとすれば、AKIRAとは何か? クロフォードは次のように述べている。

「1950年代のSF映画やパニック映画とは異なり、「AKIRA」は広島と長崎について個人的な記憶を持たない世代によって作られ、またそうした世代に向けて作られている。しかし私は、核の災厄という民族的な体験がこの映画に活力を与え、恐れと希望を刺激的に交錯させた、と論じてみたい。」(90ページ)

なんとなくいずれの論考も、表層的なというか、印象批評的というか、いまひとつ掘り下げが足りないように思われる。


ただしおもしろかった論考もある。

この本のなかでもっとも興味深いのは、以上のような商業映画ではなく、記録映画論のほうであった。

平野と阿部は、原爆投下直後からなされた映像化「広島・長崎における原子爆弾の効果」の経緯を細かに追いかけている。以下概要を記しておく。


1945年8月7日に、日本映画社(東京)は、広島に新型の爆弾が落とされたという知らせを聞き、日映は二人のカメラマンを広島に派遣する。

柏田敏雄 (日映大阪支社)
柾木四平 (日映本社)

柾木のフィルムは、東京に送られる途中で紛失したという。そして、
柏田のフィルムもまた、陸軍に没収される。また、占領後は、米軍が没収した。

また、この二人以外にもう一人、撮影をした人物がいる。

河崎源次郎 (広島在、アマチュアカメラマン)

8ミリで撮られた映像は、米軍により一度没収になったあと一部編集されたと推測され、その後、広島平和記念資料館に寄贈された。

また日映は、1945年9月下旬には、ニュース映画を製作している。元のタイトルは「原子爆弾 広島市の惨害」(
257号)だったようだが、検閲を受け、10月3日には上映禁止されそうになるが、最終的には公開される。このなかには、先述の柏田のものと思われる映像も含まれていたようである。

これが、最初に登場する、3つの「ヒロシマ」の記録フィルムである。


続いて登場するのは、もう少し大掛かりなプロジェクトである。

文部省と日映が組んで、
広島と長崎の状況をフィルムに収めようと、9月16日より撮影を開始する。

10月24日に撮影助手が米軍の憲兵に高速され撮影中止の命令が一度は下されるが、最終的には撮影継続が許された。

最初に広島、そして長崎を視察し、先に広島が撮影され、その後に長崎に戻ることとなった。

12月に撮影は終了する。

そして1946年4月にこのフィルムの英語版が完成する。米軍はこのフィルムのタイトルを以下のようにした。

The Effects of the Atomic Bomb on Hiroshima and Nagasaki
(邦題:広島・長崎における原子爆弾の効果)
 全19巻、2時間45分

作品が完成した後、米軍当局は、この作品で使われたフィルムすべての没収を命じる。このとき、日映のプロデューサーである岩崎昶は、音声のないラッシュプリントを1本、隠し持つ。

占領終結後1952年になり、日本映画新社にこの
ラッシュプリントが返還される。しかしこれはニュース映画などに一部使用はされるが、一般公開はされなかった。

そして月日は流れ、1967年11月になり、米軍からこの作品の16ミリ縮小版プリントが日本政府に返還される。しかし政府もまた、このフィルムの一般公開を行わなかった。しかもタイトルをあえて「効果」から「影響」に変えた。

1970年にコロンビア大学のエリック・バーナウが、
米国立文書館(NARA)から
広島・長崎における原子爆弾の効果」を編集し、次の映画を制作、米国で公開される。

Hiroshima - Nagasaki: August 1945 16分

市民団体である「子どもたちに世界に! 被爆の記録を贈る会」による「原爆記録映画10フィート運動」は寄付金(1億8千万円)でNARAより「広島・長崎における原子爆弾の効果」のみならず、米軍が撮影したカラーフィルムも含めて購入する。

1982年には、この購入されたフィルムをもとに、2本の映画がつくられる。

にんげんをかえせ 橘祐典:監督
予言 羽仁進:監督

このあとも、断片は、映画や書籍などにも流用され、さらにそのあと、マンガや写真などに多数二次利用されるが、しばらくのあいだはオリジナルは公開されなかった。

そしてようやく陽の目をみたのが、2010年8月。ただしタイトルは、「広島・長崎における原子爆弾の影響」となっている。

広島・長崎における原子爆弾の影響 [DVD]/ドキュメンタリー映画
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また、一部を編集したバージョンについては、いくつか、YouTubeでも見ることができる。

空軍の訓練のための映像として編集された作品
The General Effects of the Atomic Bomb on Hiroshima and Nagasaki