近所に、老いたレトリバーがいる家がある。

最初に会ったときは、とても元気そうで、手はなめるし、尻尾はふりまくるし、駆け回るし、大変なものだった。

それが、あるときからいなくなってしまった。

数カ月して、その家の門のなかをのぞくと、久しぶりにいるではないか。おお!と思って、おいでおいでをしても、何だか元気がないし、顔の表情が以前とは全然違う。???病気になってしまったのか、と心配していた。

また、しばらくすると、その家の人と思しき女性が、レトリバーを連れて散歩をしていた。やっぱり元気なんだ、よかった、と思った。

ところが、またまたしばらくしてから、その女性とワンちゃんとを見かけたのだが、どうも、ワンちゃんが、やはり以前とは雰囲気が違う。

同じレトリバーで、老いているのは一緒だが、このあいだのワンちゃんと模様がかなり違っている。

そこで、ようやく、はたと気づいた。

その家はおそらく、盲導犬のつとめをはたしたワンちゃんの面倒をみるボランティアをしているのだ。

老い先短いワンちゃんを看取るボランティア。

こうして私は、盲導犬に、少し関心をもつようになった。


そして、先日、スーパーのイオンに行ったら、何気なく、盲導犬のことを知ってもらうための小さなイベントが行われていた。

いろいろとはじめて知ったことがあった。

そういうことを知らずにいた自分を恥じた。

そして、盲導犬の生き方の美しさを、しみじみと感じた。


街中や電車の中で、ときどき、盲導犬を見かける。

ついつい、けなげに働いているその姿に、熱い視線を投げたり、よしよし、となでてあげたり、あげくのはてには、ご褒美、と何か食べ物をあげてしまう人もいるかもしれない。

だが、盲導犬に会っても、触ったり、目をみたり、何かをあげたりしてはいけないそうなのだ。

彼らは、一生懸命に仕事をしているが、そういったことをされると気が散ってしまい、注意力が弱まり、一緒にいる人に迷惑がかかることがありうる。気づかなかった。。。

私は盲導犬は万能かとばかり思っていたが、実は、覚えるべき行動は三つしかない。介助する人の左を歩き、1)曲がり角、2)障害物、3)段差、に注意を差し向けること。こんなシンプルなのか、と驚くが、実際に、目的地までの道のりについては、人間のほうが覚えていなければならない。つまり、ワンちゃんが道を覚えているわけではなかったのだ。

生まれてすこしたって、ワンちゃんは、遊びながら仕事を覚える。

スキンシップをしながら、遊びながら、楽しみながら、学習する。

大事なことは、名前を呼ぶこと。呼ばれると、いつもいいことがある。ご褒美をあげる。ほめてあげる。この繰り返しによって、自分の名前が快い記憶と重なっている。

これは、とても大事なことではないだろうか。

思うに、人間の子どもの場合も一緒で、名前を呼ばれる、ということは、叱られる、怒られる、嫌なことをされる、ということと結びついている人もいるかもしれない。

我が家のネコなど、「虎之助」という名前なので、叱るときは「トラ!」と言ってしまう。これがちょうど「こら!」と近いせいもあり、名前は、必ずしも「快」だけではなく「不快」とも結びついてしまっているような気がする。気をつけよう。

名前と快とを結びつけることの次に、行っていたのが、褒める、ということで、つまり、正当に評価してあげて、その際に、同時にスキンシップを重視していた。

盲導犬がきちんと仕事をこなすことができるのは、こうした、しっかりとしたトレーニングの結果なのだった。

私たちの言語は、ウィトゲンシュタインが悩んだように、単純な指示のためだけに用いられているわけではない。

無意味さとか、矛盾とか、あいまいさとか、いろいろな要素を含みこみつつも、結局のところ、話し相手との「言語ゲーム」を楽しむことが目的なのである。

これはこれでおもしろいが、数少ない命令言語だけでやりとりをするというのも、何やら興味深い。

なお、ワンちゃんがいても、目の不自由な方がとても不安になるのが、信号待ちとだそうだ。信号の色をワンちゃんは認識できない。

人の動きで止まったり、歩いたりするそうなのだが、信号無視の人もいるので、やはり危険である。

音の出ない信号機のところにおられたら、「青です」「赤です」と声で教えてほしいとのこと。

また、道順などは、ワンちゃんではなく人の側が覚えていなくてはならないのだが、ときどき間違えてしまうこともあるようだ。

もし道端で立ち止まっている姿をみかけたら、ぜひ、一声かけてください、というお願いがあった。

ついついワンちゃんにばかり目が行きがちであるが、必ずしも万能ではないようである。これからは、人間の方にも注意を向け、困っていることがないかどうか、声をかけることにしたい。


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