父親の趣味が、切手収集でした。
それに影響されて、私も子供の頃は切手収集が趣味でした。
私の小学生時代、切手集めがブームになりました。
同級生たちは、切手を何枚持っているかを競っていましたが、私は冷ややかでした。
切手というのは数を競うものなのか? と。
また同級生たちが集めるのは日本切手のみで、外国切手は問題外とされていましたが、私は逆に外国切手に興味を持っていました。
父親が切手の歴史について書かれた本を持っていたので、イギリスの切手には国名の表記が無いこと(世界で初めて切手を発明した国なので、当初はイギリス以外には切手を発行している国がなかったため国名を表記する必要がなく、それがそのまま伝統となった)とか、初期の郵便制度では受け取る側が料金を払っていたけど、そのルールの抜け穴を使い、自分が元気である印を郵便物に付けておいて、それだけを確認して郵便は受け取らなかったケースがあったので、差出人が切手を貼るルールになったことなどを知りました。
私が子供の頃は希望すると切手の入ったストックブックを送って来て、その中の好きな切手を抜き取り、その分の代金だけを払うという商売もありました。
中学時代は、私も日本切手を集めていました。昔話シリーズを集めていたのを覚えています。
兄弟は切手を年毎にコンプリートしたセット(名称は失念しました)を買って、アルバムをかなり完成させていましたが、私はお金が無いので無理でした。
高校生になると私は、イギリスの切手と中国の切手の頒布会に入り、少しずつ集め始めました。中国の切手は兄弟も羨ましがっていました。
今は中国に対する印象もかなり変わってしまいましたが、当時の中国はまだ経済力もそんなに無く、もっと素朴な国という印象がありました。ただ、私が中国のことをそれほど知らなかっただけかもしれません。
それでも今ほど日本に対しての軍事的な圧力は感じませんでした。
オリジナルアルバムも作りました。宇宙をテーマにした外国の切手をアルバムに貼り、宇宙は人類の見果てぬ夢、みたいな文章を書いたのです。
これは切手収集の雑誌に、切手はただ集めるだけでなく、アルバムを作るべきだというような事が書いてあり、それに影響されたからです。
既成のアルバムに切手を貼るのではなく、自作でアルバムを作るという事に魅力を感じました。
子供向けの切手マガジンも買いましたが、父親に無駄遣いするなと怒られました。無駄遣いに厳しい父親は、たとえ自分の趣味と同じ切手収集に子供が興味を持ったとしても、喜んだりせず、怒るのです。そう言う父親でした。
高校生の時、オーストラリアから交換留学生の女子生徒が来て、切手収集が趣味だと自己紹介した同級生に、オーストラリアの切手をプレゼントしてました。おそらく切手収集が趣味の人が居るだろうから、わざわざ用意して来たのでしょう。
私は切手収集が趣味な事を伏せていたので、もらえませんでした。
今ではもう、切手収集はしていませんが、子供の頃のひとつの想い出です。