十二月に入りました。
これから寒波が来て、一段と寒くなるようです
そういえば、今年は11月ですべての公演を無事に終えたのだなあ…
それをきちんと記録しておかねば。
先月の公演のこと、引き続きブログに書いていきます。
66回目の「ひろしまのピカ」と松本正さんの被爆証言は、歴史ある千葉県松戸市の自主夜間中学校の特別講座として開催されました。
これまで何度も私たちの公演に足を運んでくださっていた福田先生が「私の地元の夜間中学でもぜひ」と常々熱心に言ってくださっていて、それがついに実現したのです
会場についたら、立派な横断幕が❣️
書の先生でもある近藤さんが松本さんのために書いてくださいました。
おぉ〜と松本さんからも歓声があがります。
せっかくなので、近藤先生と一緒に記念撮影
会が始まります。
松戸自主夜間中学校代表の榎本さんのご挨拶。
40年もの歴史があるという松戸自主夜間中学校。
夜間中学の存在を語るとき、戦争は避けて通れないと榎本さんは言います。
戦争によって学びの機会を奪われてしまった人がたくさんいます。
それを繰り返してはいけない。
夜間中学こそ非核平和を心から望んでいる。
今日の特別講座はその思いで企画したものだと。
それから実は、丸木夫妻は松戸市と深い関わりがあることを教えてくださいました。一時期、丸木夫妻は松戸市に住んでいたのです。松戸に丸木美術館を建てる計画があったのですが、諸事情でそれが叶わなかったのだそうです。
そんな丸木夫妻ゆかりの地である松戸で、「ひろしまのピカ」66回目。
いつものとおり、元教員で現在夜間中学にもかかわっている三田政明による解説「原爆と丸木夫妻について」を経て、絵本「ひろしまのピカ」が始まります。
原爆の図の巡回展で出会ったおばさんはヒバクシャでした。
「ひろしまのピカ」は、そのおばさんの話をもとにして作られました。
丸木俊さんの思いがつまった絵本「ひろしまのピカ」。
66回目を松戸夜間中学のみなさんと共有させていただきました。
続いて、94歳の被爆者・松本正さんの証言です。
松本さんは広島第二中学3年生のときに被爆しましたが奇跡的に無傷で助かりました。
二つ下の弟・勝さんは広島第二中学1年生。
建物疎開の作業中に被爆して帰らぬ人となりました。
広島二中の慰霊碑「碑」には、松本勝さんの名前も刻まれています。
松本さんと仲が良かった弟の勝さん。
息を引き取る前に「兄ちゃんが助けに来てくれる」と言っていたのだそうです。
松本さんは14歳のあの日のことを確かな記憶で語りました。
そして、被爆証言のあとには、すっかり恒例となった短歌吟。
松本さんが原爆の語り部としての決意を詠んだ自作の短歌を直筆の書とともに披露しました。
実はこの日、最前列で聞いてくださっていた齊藤さんはちょうどお誕生日
だったそうです。
それもなんと66回目のお誕生日と聞いてびっくり![]()
「ひろしまのピカ」66回のときに66歳のお誕生日だなんて![]()
こんなこともあるのですね、ご縁を感じます。
最後に松戸自主夜間中学のみなさんと一緒に![]()
終わった後も松本さんはサインや質問でずーっとみなさんとお話しされていました![]()
非核・平和で、誰もが幸せに暮らせる未来を築くために!
松戸自主夜間中学校のみなさま、本当にありがとうございました![]()











