今日から四月、新しい年度が始まりました。
花の雨の中、近隣の区のホールに出向いたら、入社式はこちらという案内の方がいたりして、新年度なのだなぁとあらためて感じた次第・・・雨でも寒くても、春です![]()
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さて、先月23日に引き続き、3月28日も松本正さんの被爆証言を聴く会が行われました。
2月に初めてここで被爆証言を聴く会を企画してくださった福家珠美さんが、今度は親子での参加者を募ってくださり、再び証言会を開く運びとなりました。
小学生や大学生が来てくれると聞いて、松本正さんは「それなら原爆のことなど、三田さんの説明があったほうがいい」ときっぱりおっしゃったので、今回から元教員の三田政明が前説をすることに。
松本さんも隣に座って、三田の解説を聞きます。
ヒロシマの原爆のこと、そして、被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の結成時のことも新たに解説に加えました。
松本さんはそのとき、そっと左胸の被団協のバッジに触れました。
ノーベル平和賞は、被団協を結成し行動してきた先人たちの不撓不屈の営みの上に、ようやく受賞したものなのです。
そしていよいよ、その被団協に所属している松本正さんの被爆証言が始まります。
松本さんは、目の前にいる若い世代に、力強く訴えます。
弟の勝さんも95歳になった兄・正さんを見守っています。
皮膚がずるっと剥け、手先からぶら下がっているのが肌に触れるとまた痛いから、幽霊みたいにこう両手を下げて、それがゾロゾロ、何十人、何百人も……
みな一心に、微動だにせず、松本さんの話に聞き入ります。
松本さんはこの日、いつも以上に手ぶり身ぶりをしながら、顔をあげて参加者を見つめて、話されました。
助けられない悔いと残念さと、犠牲者たちに申し訳ない気持ちを80年以上、ず——っと持ち続けている、なさけない男が、いまみなさんの目の前にいるのです。
そして、生涯語り続ける決意を込めた自作の短歌を朗詠します。
ここからは、参加者のみなさんと松本さんの交流が始まります。
いま被爆証言を浴びたばかりの参加者のみなさんがひとりずつ、率直な感想や質問を松本さんに。
松本さんはそれに応えていきながら、証言では言い切れなかった思いをさらに吐露することも。
障がい者施設で働いている方からの、切実な質問もありました。
戦争になったら、真っ先に被害を受けるのは弱者です。
史学を専攻し、戦争加害者の心理なども勉強しているという大学生からは、直接証言を聴いた衝撃がひしひしと伝わってきました。
今まで原爆のことを知識として知っていたけれど、実際にきのこ雲の下にいた人の言葉の重み、心の痛み。初めて知ったように思うと述べた人が多くいました。
小学生からはこんな思いが述べられました。
「当時の人たちが、なぜ広島には空襲がないと思っていたかということを知れた。実際に体験した人がいなくなったら、こういうことがわからなくなる。当時の事情を理解しながら、考えていかなくてはならないと思った」
「せっかく生き残ったのに、そのあともつらいことが続くなんて思っていなかった……本当に戦争はこわいし、いやだ」
今回もあっというまに時間が過ぎていきました。
(今後は、1時間ではなく1時間半の設定にしていこうと思っています。)
最後に福家さんが会を締めくくりました。
松本正さん、ご参加くださったみなさん、本当にありがとうございました![]()
そして、会場をお貸しくださった施設に深謝いたします。
次回は4月15日(水)の午後、松本正さんの被爆証言を聴く会を予定しています。
松本正さんにお会いしたい方、平日でないと来られない方は、ぜひこの機会にいらしてください。
参加ご希望の方は、以下より
お申込みください。
どうぞよろしくお願いいたします![]()
今後、95歳の被爆者・松本正さんの被爆証言活動については、基本的には松本正さんのところにご足労いただけることを条件に、個別で対応させていただきます。
ご依頼は以下のお問い合わせか、岡崎のメールアドレスまでご連絡ください。
どうぞよろしくお願いいたします![]()
→ お問い合わせ
*いずれのご依頼も松本正さんの体調をみながらの対応になりますが、どうぞご了承ください。




















