徳川家康の生涯ー1「竹千代誕生」 | 安 明高 の 生 活

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【南無大師遍照金剛】 * 7

1542年(天文11年)

徳川家康は三河国領主「松平広忠」の嫡男として生まれました

幼名は「竹千代」です。

 

当時、弱小大名家だった松平家は

隣国である遠江国の領主・今川家に庇護してもらうため

幼い竹千代を人質として差し出します。

駿府城

  (駿府城)

今川家の人質から三河国の主へ

竹千代が送られた今川家の当主「今川義元」は

「海道一の弓取り」と呼ばれた有力大名で

領地を拡大し

すぐれた経済政策で国元を発展させていました。

 

この今川家で、14歳となり元服した竹千代は

今川義元の名から1字を与えられて

「松平元康」と名を変えて

今川家に武将として仕えます。

桶狭間古戦場公園

  (桶狭間合戦公園)

 

1560年(永禄3年)には

今川家と

尾張国の領主・織田家が争った「桶狭間の戦い」に出陣。

 

松平元康が砦を落とす活躍を見せるものの

今川義元は

織田家の奇襲を受けて討ち死にしてしまいました。

岡崎城

  (岡崎城)

 

この敗戦で今川家の力が落ちたのを機に

松平元康は独立し

故郷である三河国に帰還して岡崎城の城主となります。

 

そして

今川家を倒した織田信長と同盟を結ぶと

名前を徳川家康に改めたのです。

(刀剣ワールド・徳川家康とゆかりの城)

 

  (続きます)    

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

今日も命を授けていただきありがとう (^-^)

二度とない人生

だから 今日が大事、今日が大切 

明日もいい日でありますように 【合掌】

 

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