オーちゃんのミャンマー滞在記 -4ページ目

オーちゃんのミャンマー滞在記

ミャンマーでの出来事を綴っていきます。

3.13 satu


6時30分の飛行機でヤンゴンからシャン高原へ向かった。空港からはタクシーでインレー湖まで向かい、5人乗りのモーターボートで湖内の散策を開始した。  

インレー湖は南北約22km、東西約12kmの細長い湖で、湖の周辺や浮島にインター族の水上村が散在する地域となっている。インター族は細長い小舟の先端に片足で立ち、もう一方の足で船を進ませる独特の漕法を行うという。  

モーターボートで10分も進むと360度全体が湖と山に囲まれた。周りに人工物はほとんどなく、それぞれが思いのままにこの景観を満喫した。インド、ジャイサルメールで体験したキャメルサファリの時もそうであったが、大自然の中に身を置くと、悩んでいること、心を煩わせていることがあまりにも小さく感じる。もしこれから社会に出て、閉塞感や辛さを感じることがあったら、何も考えずに身を自然の中に持っていこう。そう考えることができた。  

ボートはホテルへと向かった。私たちが宿泊するのは「ゴールデン・アイランド・コテージ」というホテルで、まさに水上のホテルであった。このホテルの嬉しいところはボートが近づくと、伝統的な楽器を打ち鳴らし私たちを歓迎してくれたことだ。ホテルの部屋は一室一室が水上に建てられ、バルコニーからは湖を一望することができる。足を一歩踏み入れた時から、このホテルは私が今までの中で最高級に好きなホテルとなった。  

しばしの休憩の後、再びボートに乗り込みインレー湖散策が始まった。まず初めに向かったのはファウンドーウー・パヤーである。ここはインレー湖内にある水上寺院で、5体の仏像が安置されている。この5体の仏像はもともとは普通の仏像の形をしていたのだが、金箔を貼りすぎたため団子のように丸くなってしまったという。例に漏れず私も金箔を購入してありがたく貼らせて頂いた。その後寺院を背後に記念撮影をしてボートへ乗り込んだ。今までいくつかの寺院に行って来たが、どの寺院でも人々の熱心な参拝姿をみることができる。私が感じたミャンマーの人々の穏やかさと優しさはやはりこの熱心さから生まれているんだろうと一人考えていた。  

その後いくつかおみやげ屋さんを回り、帰路についた。最後のおみやげ屋さんで、インレー湖に沈む夕日を背にした彼女との写真は僕の中で最高の思い出の一つとなった。
3.12 fri


今日は昼から彼女と彼女の母とヤンゴン市内にある美容院へ行った。日本でカットするよりも安いという話で、それならばと私も行くことにした。  

実際美容院は私が想像していたものよりも明らかに、現代的であった。というのも髪をカットする人の多くは私が見る限りは美人でおしゃれな髪型をしていた。また、置いてある雑誌は日本のもので、よくコンビニで見ることのできる女性のファッション誌から髪型を選べるようになっていた。ちなみに私は「男のモテ髪400」という雑誌の中からオーダーした。  

できあがりは良く行く床屋に僅差で軍配が上がったが、顔のマッサージ付きで800円ならば私はこちらを選びたい。  

散髪後は彼女の父のオフィスでインターネットを使わせてもらった。オフィスは3階建てのビルで、パソコンが約10台設置されていた。彼女の姉はそこでインターネットを通じて働いているという。彼女の家が富裕層であるのか、日本とあまり違わない環境で過ごすことに安心感を覚えると共に、ミャンマーらしい?生活を体験してみたいという贅沢な欲求が出てきていることに気がついた。  

明日からインレー湖周辺に家族で旅行に出かける。朝が4時30分起床なので寝ることにしよう。



3月11日(木)

 今日は朝9時30分から彼女の弟と待ち合わせた。彼は「National Races Village」を案内してくれた。そこは、ミャンマー各州の特徴的な建築物や、観光スポットの縮小版が設置されている小さな村のようなものだった。

 特に記憶に残ったのは二つあり、一つはミングォンの鐘である。これはザガイン州のミングォンにある鐘で、イギリスの植民地支配の時にイギリスが持ち去ろうとしたが、それを拒み動かなくなったという話があるという。ちなみにこの鐘は打ち鳴らすことのできる鐘では、世界一の大きさだという。もう一つはパダウン族のモニュメントである。彼女たちの首には輪が付けられていて、歳を取るたびにそれを増やしていくという。いわゆる「首長族?」なのか、一度お会いしてみたくなった。

 個人的には「National Races Village」はミャンマーの有名なスポットを縮小版ではあるが、数多く見ることができるお得な観光地であると思った。
彼女の弟は現在22歳で私の一つ年下である。彼は父の運営しているNGOの一員として働き、今朝もヤンゴンに戻って早々私の案内をしてくれていた。とても気さくで優しい好青年であった。また彼は私にバガン州のバックをプレゼントしてくれた。

 一つ気になったのが、彼がカフェで頼んでいたものだ。それはアボガドジュースである。アボガドと砂糖、ミルク、氷を混ぜ会わせた飲み物だ。私はアボガドだけが食べ物の中で苦手であったが、彼が好意を持って勧めてくれたため一口頂くこととした。やはり、私には合わなかったが、「私の母はアボガドが好きなので作り方を教えておく」と言ってその場をしのいだ。

 その後ホテルに帰り、初めてインターネットカフェに行った。そこで驚いたことはアメブロがアクセス禁止になっていたことである。mixiは使えたので良かったが、アメブロを愛用していたので少し残念であった。
夜には彼女の父も含めて家族みんなと食事をした。中華料理のレストランで日本でも入ったことのないような高級感ある場所へ連れて行ってもらった。実はこのレストランは彼女の姉が昨年10月の結婚式で使った場所だという。

 この時初めて彼女の父に面会した。彼は大学教授をしている傍らNGOのリーダーとして活動しているという。とても優しい雰囲気で、知的さを感じさせる人であった。初めはお互いに緊張していたが、お土産品として、京都の人形を渡すと「KIMONO!」と嬉しそうな表情になり打ち解けることができた。

 その後家族と夜のヤンゴンを散歩して、カンドーチ湖の畔でパパイヤジュースを飲んだ。ヤンゴンの暑さにマッチした甘みを堪能しながら見る、シュエダゴォン・パヤーはまた格別なものであった。パコダのある日常もステキなものだと感じた。