少し間があいてしまいまして申し訳ございません。
ほじゃさんがただ今大忙しですので、
今後も少し間があいてしまう時があるかもしれません。
楽しみにお待ちいただいている方には、
ご迷惑をおかけいたします。
今後ともよろしくお願い致します。


では、


*ほじゃさんからお話の紹介です。
話目は『トルコの民話』から「仕立て屋の娘マクブレ」というお話です。


----------■仕立て屋の娘マクブレ(トルコの民話から)■----------


 ある王様に息子が一人ありました。王様のお城の真向かいにはお金持ちの仕立て屋のお屋敷があって、仕立て屋にはマクブレという美しい娘がおりました。そして、王様の息子、王子は仕立て屋の娘マクブレに好意をよせていました。


 マクブレが庭へ出てハーブの花に水をやろうとすると、王子はいつも、


   仕立て屋の娘マクブレ
   毎日ハーブに水をやっているね
   ハーブの葉っぱは何枚だい?


と、聞きました。マクブレはこれに対して、


   王様の息子さん
   夜はもの書き
   昼は書物読む
   お空の星の数はいくつ?


と聞きました。そして、二人とも質問の答えを言うことは出来ませんでした。


 王子はマクブレをお嫁にもらいたいと思いましたが、王様の息子は王様の娘と結婚しなければならないと言うしきたりがありましたから、親たちは二人の結婚に反対でした。王子は考えて考えてある時マクブレにキスをする方法を見つけました。


 マクブレは魚が大好きでした。町に魚売りが来ると必ず魚を買いました。そこで、ある日のこと、王子は汚れたボロ服を身にまとい顔には泥を塗って魚売りになりすまし、魚を仕入れて仕立て屋のお屋敷の前へ行きました。
「魚、魚、魚は要らんかねえ」と大声で呼ばわると、思ったとおり、マクブレが、
「魚やさあん、こちらへ来てくださいな」と声をかけてきました。王子はしめたと思いました。娘は魚を買い求めると、お金を差し出しました。ところが王子は、
「お嬢様、わたしはお金で魚を売りません。一つキスをしてくれたら一匹魚をお売りいたしましょう」と、言いました。娘はこんな魚屋にキスをしたってなんのことはないと、右、左をきょろきょろ見回して誰もいないのを確かめると、さっと王子にキスをしました。そして、魚を買いました。


 朝になると、マクブレはまたハーブに水をやるため庭へ出ました。すると、王子はいつものように、


   仕立て屋の娘マクブレ
   毎日ハーブに水をやっているね
   ハーブの葉っぱは何枚だい?


と聞きました。マクブレはこれに対して、


   王様の息子さん
   夜はもの書き
    昼は書物読み
    お空の星の数はいくつ?


と言うと、王子はすぐにマクブレに、
「魚一匹に一つのキスを与えた人よ・・」と言いました。マクブレはどうして王子がこのことを知っているのか驚きました。誰も見ていないのを確かめたはずです。マクブレはまっすぐ家へ行くと恥ずかしくて泣き出しました。どうにかしてそのわけを知りたいと一生懸命考えました。そして、父親に、
「お父様は腕のいい仕立て屋です。どうぞわたしに服を仕立ててください。真っ黒な毛皮で目の穴だけ開いた服です。服のうえにたくさんの鈴を縫い付けてください」と、頼みました。金持ちの仕立て屋はすぐに娘のいうとおりの服を作りました。マクブレはすっかり気に入ってそれを身につけると、レバーと鉈を持って王様のお城へ行きました。そして、門番に一袋の金貨を握らせ、まっすぐ王子の部屋へ入ると、ブルブルン、ブルブルンと体を震わせました。王子は驚きのあまり気が狂ったように飛び上がりました。マクブレは、
「我は黄泉の国より使わされた者であるぞよ。おまえの命をもらいにやって来た。さあ、命をよこすか、このレバーでお前の尻をぶち叩くか」とこわいろを使って言いました。王子は恐ろしさのあまり、
「何をやっても良いが、い、命だけはお助けを」と、頼みました。マクブレはレバーを王子の尻に叩きつけました。そうして、さっさとお城を後にしました。さあ、お城中たいへんな騒ぎになりました。お城の人々は右往左往して、医者を呼び王子の傷の手当をしました。


 朝になると、王子はやっとの思いで窓辺により、いつものように仕立て屋の娘に問いかけました。


    仕立て屋の娘マクブレ
    毎日ハーブに水をやっているね
    ハーブの葉っぱは何枚だい?


マクブレもいつもと同じことを聞きました。


    王様の息子さん
    夜はもの書き
    昼は書物読み
    お空の星の数はいくつ?


すると、王子はおまえさんの秘密は知っているとばかり、
「魚一匹に一つのキスを与えた人よ・・」と、付け加えました。これを聞くと、娘もすかさず、
「黄泉の使いに尻をぶたれた人よ・・」と言い返しました。王子はすぐに昨日のことが誰の仕業かわかり、腹ただしさのあまり家来の者に命じました。
「井戸を掘ってマクブレを中へ放り込め」


 家来のものが井戸を掘っている時、マクブレはこっそりと金貨の袋を渡して、井戸から自分の家へ通じるトンネルを作らせました。やがて、井戸堀りが終わり、マクブレは井戸の中へ放り込まれました。そして、食べ物は毎日井戸の上から投げ入れられました。けれども、トンネルのことは井戸を掘った者意外誰も知りませんでした。


 何日も何ヶ月も過ぎました。王様は隣の国の王女様を王子の嫁に迎えたいとおもいました。ところが王子はその前にどうしてもチンという国へ行きたいと言ってでかけることになりました。出かける前に、王子は井戸の底へ向かって、
「僕はチンという遠い国へ行ってくる。お前さんは井戸の中で朽ち果てよ」と言いました。すると、マクブレは、
「どこへなりともおいでなさい。いつかは王子様はわたしのものになるのだから」と、言い返しました。


 娘はすぐに秘密のトンネルをくぐって自分の家へ行きました。そして王子にわからないように灰色の服を着て変装し、灰色の馬に乗り王子の後を追いました。王子に追いつくと、旅は道連れとばかり仲良くいっしょに旅を続けました。町へ着いて同じ宿屋に泊まり飲み食いをともにしているうちに二人は愛し合うようになりました。やがて別れの時がくると、王子は思い出の記念にとマクブレに一枚のハンカチを与えました。マクブレはすぐに家へ戻り、トンネルをくぐって井戸へ帰りました。


 やがて十ヶ月と十日過ぎると、マクブレに息子が生まれました。チンと名づけました。


 それからしばらくたって、王子はラーチンという国へ出かけることになりました。出かける前に、王子は井戸へやってくると、
「僕はラーチンという国へ行ってくる。お前さんは井戸の中で朽ち果てよ」と言いました。マクブレはこれを聞くと、すぐ家へ行って赤い服を着て変装し、赤い馬に乗り王子の後を追いました。王子に追いつくと、再び王子と一緒に旅を楽しみました。別れの時がくると、王子は思い出の記念にとマクブレに時計を与えました。マクブレはすぐにに家へ戻り、トンネルをくぐって井戸へ帰りました。


 やがて十ヶ月と十日過ぎると、マクブレにまた息子が生まれました。ラーチンと名づけました。


 それからしばらくたって、王子はトゥットゥハルという国へ旅にでることになりました。出かける前に、王子は井戸へやってくると、
「僕はトゥットゥハルという国は行ってくる。お前さんは井戸の中で朽ち果てよ」と言いました。マクブレはこれを聞くと、すぐ家へ行って白い服を着て変装し、白い馬に乗り王子の後を追いました。王子に追いつくとまた王子といっしょに旅を続けました。一緒に飲み食いし、歌い踊り同じ宿屋に泊まりました。身なりを変えていたので王子はマクブレだとは気がつきません。やがて別れの時が来ると、王子はマクブレに金のサンダルをくれました。マクブレは王子より先に家へ戻り、トンネルをくぐって井戸へ帰りました。


 やがて十ヶ月と十日が過ぎると、マクブレに娘が生まれました。トゥットゥハルと名づけました。


 子どもたちはどんどん成長しました。マクブレはいつも子どもたちに教えました。


    チンさん、ラーチンさん
    トゥットハルさんの手をお取り
    金のサンダルより落ちないように
    偉い父上のゼルデピラフを食べに来た
    みんなもわたしらを追い払う
    さあ、さあ、早く行きましょう


  いよいよ王子様の結婚式の時が来ました。マクブレは娘にハンカチを、もう一人の子どもに時計を、三人目の子どもに金のサンダルをはかせました。そして、いつも教えている文句を王子様の前で絶えず言い続けなさいとよくよく言い聞かせて、三人の子どもを結婚式の会場へと送りました。料理人たちは足元でなにかもぐもぐ言いながらちょろちょろしている子どもたちを王子様のそばへつれて行きました。王子様は子どもたちに言いました。
「お前たちは何を言っているのだね。わたしにもわかるように言ってみておくれ」


 子どもたちは三人一緒に口を揃えて言いました。


    チンさん、ラーチンさん、
    トゥットハルさんの手をお取り
    金のサンダルより落ちないように
    偉い父上のゼルデピラフを食べに来た
    みんなもわたしらを追い払う
    さあ、さあ、早く行きましょう


王子様が見ると、マクブレに与えたハンカチと時計と金のサンダルが子どもたちのところにありました。王子様ははすぐにすべてをさとりました。さっそく、王子様は王様のところへ行くと今までのことを何もかも話しました。マクブレはすぐ井戸から引き上げられ、王子との結婚式が行われました。それからは王子様はマクブレと三人の子どもたちと末永く幸せにくらしました。


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■ほじゃさんから

この話はトルコ北西のシバスという町に在住しているアイシェ・べネック・カヤさんの『宮廷の庭の薔薇』という本に出ている話です。この本の序文には私の他界した妻との出会いのいきさつも書いてあって、それがこの本を出版する動機のひとつにもなったとのことです。民話を通じての人の縁は地の果てまでつながっている感じです。

*ほじゃさんからお話の紹介です。
31話目は『福島の民話』から「鏡沼」というお話です。


----------■鏡沼(福島の民話から)■----------


会津の下郷というところに鏡沼という沼がある。


 むかし、そのあたりに大蔵(だいぞう)というひとりの猟師が住んでおった。ある日のこと、大蔵は犬と共に猟にでかけた。鏡沼のほとりまで来ると、岸辺に腰を下ろして、ぷかりぷかりと煙管を吹かして、気を休めておった。ふと、沼の水面を見ると、美しい裸の女が黒髪をゆらめかして浮かんでいる。
「世のなかには不思議なこともあるものだ」と大蔵は思いながら、夢かもしれないと考えて、自分のほほをつねってみた。
「いてて・・・。こりゃあ夢を見てるってわけじゃない。とすると、あれは化け物か」

 
 大蔵はそう考えて、猟銃のねらいをさだめた。


 銃声が響いて、女にあたったと思った瞬間、沼の水面はにわかに波打って、女の姿は数丈もある大蛇の姿に変り、青黒い腹を見せながら、長い尾を左右にうねらせて、沼の中に姿を消してしまった。大蔵はつづけざまに二発、三発と水中めがめて弾を撃ち込みました。すると、今まで晴れ渡っていた空に真っ黒な雲が沸き起こり、雷がとどろいて、雨が激しく降りだし、沼の岸には大波が打ち寄せて、地鳴りまでが響いた。


 大蔵は肝をつぶして、森の中を死に物狂いの思いで駆け抜けて、自分の村に逃げ帰った。全身傷だらけで血だるまの大蔵を見て、村人たちが訳を聞くので、大蔵は自分が体験したことをそのまま村人たちに話して聞かせたが、村人たちは
「そんなことってあるもんか。今日はずっとおだやかでよい天気がつづいているよ」と言って、大蔵の話をまったく信じなかった。


 それからというもの、大蔵は鏡沼には行かなくなり、猟もやめてしまったそうな。


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■ほじゃさんから


 この話は未来社の『福島の民話』(1958年)に収録されている一篇を私なりに再話したもの。短いストーリーの中に鮮明なイメージが凝縮されていて、ラフカディオ・ハーンの短編みたいな感じです。

*ほじゃさんからお話の紹介です。
30話目は『福島の民話』から「足長手長」というお話です。


----------■足長手長(福島の民話から)■----------


むかし、会津のあたりに足長と手長という化け物の夫婦がおったと。おやじの足長の方はおっそろしく足が長くて、会津をひとまたぎすることができたんだと。なんでも、片方の足を磐梯山の頂に置いて、別の方を明神嶽にのせて、両手で雲をかき集めて、あたり一帯を真っ暗にすることだってできたんだと。おっかあの手長の方もおっそろしく手が長く、磐梯山に腰掛けて、猪苗代湖の水をすくって、あたり一帯に雨を降らせることができたんだと。
この化け物夫婦はとてもいたずら者で、おてんとさまをかくしてみたり、大雨を降らしてみたり、ブワッと息を吹きかけて、木や橋や家を吹き飛ばしてみたり、いつも悪いことばかりしておったものだから、会津のあたりのひとたちはみんな困り果てておったんだと。


 ところが、ある日、そまつな衣に身をつつんだ旅のお坊さまがやってきた。そして、人々が化け物夫婦に困り果てているのを知って、こう言ったんだと。
「それは、ききずてならぬことじゃ。わしがなんとかしてやろうわい」


 けれども、人々はその坊さまがあまりにみずぼらしい身なりをしているので
「そのお気持ちはありがたいが、およしなされ。あなたさまの手におえるような化け物ではありません」とお坊さんを引き止めめようとした。でも、坊さまは平気な顔で、一人で磐梯山めざして歩きだしたと。


 磐梯山の頂に登ると、坊さまは大声で呼ばわった。
「おーい。手長、足長。おまえらはやりたい放題の悪さでみんなを困らせておるが、できない事だってあるじゃろうが」


 すると、雲の上でワッハッハという高笑いが響いて、化け物の声が聞こえた。
「乞食坊主めが何をぬかしておるんじゃい。この俺にできぬことなど何ひとつないわい」
「よし。それならわしの言うことをやってみろ。出来なければ会津をたちのくのだぞ。よいか」
「わしにできないことなどあるもんか。何じゃ、言ってみろ。この乞食坊主め」


 そこで、お坊さまは衣の下から小さな壷をとりだして、言ったんだと。
「足長手長。おまえたちは大きななりをしているから、二人でこの壷に入ることなど出来はしまい。どうじゃ、まいったか」


 すると、足長と手長はかんかんに怒ってわめいた。
「なんだ、そんなことか。みておれ、入ってみせる。そのあと、おまえの命はもらうから覚悟しておれ」


 こういうと、足長と手長はみるみる小さくなって、二人で一緒に壷の中に飛び込んでしまったんだと。そのとたん、坊さまは壷のふたをしめてしまい、着ていた衣の袖をちぎって、壷をつつんでしまい、言ったんだと。
「おろかものどもめが。おまえたちはこれまでさんざん悪さをしてひとびとを苦しめたのだから、これからはずっとこの壷の中に入っておれ」


 そして、坊さまはその壷を磐梯山の頂に埋めて、呪文を唱えたんだと。だから、化け物たちはどうしても外に出られず、それからというもの、会津のあたりはいつもお日様に照らされて、作物も豊かに実るようになり、人々は幸せにくらせるようになったんだと。


 坊さまはそれを見とどけると、いつのまにかどこかに行ってしまったんだと。

 

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■ほじゃさんから


 地方の駅の売店などに、和綴じの民話本が置かれているのをよく見かける。一冊500円程度で売られている。出版元、再話者、挿絵画家などの名前が記載されているのもあるし、そうした情報がまったく記載されていないのもある。
出版元の名前は記載されていても、住所などは記載されていないから、情報としては不完全だ。こうした商売はどこかの智恵者がやっているのだろうし、扱っている素材が民話なので、それほど目くじらをたてることでもないのだろうが、最近、『福島の昔ばなし』というのを読んでいて、多少感じたことがある。
自分の書斎の本棚にほこりにまみれて何十年も置かれたままのこの和綴じの本を手にしたのは、福島のことが気になるからだ。福島は私の他界した妻の生まれ故郷でもあるから、原発事故で苦しんでいるこの地域のことは、個人的にも無関心ではいられない。
この和綴じの本の最後に『手長足長』という話が紹介されているが、その文章を読んでいて、やっぱり、再話者の名前も明記されていない本のテキストは駄目だと感じた。

例えば、この話の出だしは、以下のように書かれている。
「むかしむかしの大昔。会津に足長と手長という夫婦の怪物が住んでいました」
『怪物』という言葉は民話で使われる言葉ではない。


その次の文章はこんな風だ。
「夫の足長は大変に足が長く、会津盆地をひとまたぎにすることができました」
『盆地』と言う言葉は民話では使われない。


次の文章はこんな風だ。
「なんでも片足を磐梯山の頂上に置き、片足を会津高田町の明神嶽や博士山の上にのせて、両手で空の雲をかき集め、たちまちにして盆地全部を真暗にしたといいます。」
「会津高田町の明神嶽や博士山の上にのせて」なんて表現は、民話で使われる筈もない。


次の文章はこんな風だ。
「また妻の手長の方はおそろしく手が長く、磐梯山に腰をかけて猪苗代湖の水をすくって会津盆地にばらまき、いつでも雨を降らすことばできたといいます」
『妻』という言葉は、民話ではほとんど使われない。おもしろい話だからイメージをふくらませることはできるが、再話された文章はいかにもお粗末だ。

以下の文章の検討は割愛するが、会津の人たちがもっと豊かな言葉遣いで語り伝えていたはずの昔話をこんなにボロボロに貧しくしてしまっている。


私だったら、こんな風に再話する。

「むかし、会津のあたりに足長と手長という化け物の夫婦がおったと。おやじの足長の方はおっそろしく足が長くて、会津をひとまたぎすることができたんだと。なんでも、片方の足を磐梯山の頂に置いて、別の方を明神嶽にのせて、両手で雲をかき集めて、あたり一帯を真っ暗にすることだってできたんだと。
 おっかあの手長の方もおっそろしく手が長く、磐梯山に腰掛けて、猪苗代湖の水をすくって、あたり一帯に雨を降らせることができたんだと」


 こんな風に和綴じの民話本の内容を検討してみると、かなり問題がありそうだ。


 ついでに、この話の残りの部分も合わせて私なりに再話してみた。和綴本の再話者は、この物語の最後に、このお坊さまが弘法大師ではなかったかという、土地の古老のことを付け加えているが、それは余分だと思う。こういう昔話のモチーフは、例えば、有名な『三枚のお札』にもあるし、トルコの民話にもある。