暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道 -50ページ目

暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道

3児の母になった私が、はたらく(職業人・家庭人・地域人など)を語ります。

『長生きの秘訣は、頑張りすぎないこと』
ゴールデンウィークに、91歳の祖母に会い、もっとも印象的だった言葉です。


祖母は相変わらずお元気。
歩行も、食事も、おしゃべりも、オシャレも健在(*^^*)
「野菜は残して、おいしそうなものだけ食べたよ。桜のデザートがおいしかったわ。」
さすが、祖母!


薬局を夫婦で薬局を開局した時も、同じようなメッセージの書かれたはがきをもらいました。


祖母は精神科医夫人で、開院を経験しています。
子育て時期は、家政婦さんや近所の人たちに助けてもらって
3人の子供を育てあげたワーキングマザー。


祖母が仕事を引退するとき
(祖父は短命だったので、当時は医院ではなく勤務でマネージャー業をしていました)、
小学校高学年か中学生くらいだったと思うのですが、
どうして仕事を辞めてしまうのか聞きました。
「部下の人の方が、仕事が的確にできるなぁと感じたからだよ」だったと思います。


今にしてその言葉をよく思い出します。
「自分の力を客観的にみることができた人」
きっと仕事だけでなく、暮らしにかかわる様々なことにおいて、
身の丈を確認し、人に託すことができた人なのだと思います。


「頑張りすぎない」は
自分の持つ力をできる限り冷静に判断し、
できることは自分で、
できないところは人に託して、
協力してもらって、暮らしていくといいよ。



そんなメッセージなのだと、今の私は受け止めています。


祖母のように、
歳を重ねていきたいものです。




日赤時代の同期女子仲間が集まるというので、昼休みに薬局を抜けて、合流しました。
同じ職場で仕事を継続しながら、母親になった人、なる人、独身を満喫している人、そして、退職して独自路線を行く人…、再会はとても楽しく、振り返りと今の自分を確認する時間になりました。

この独自路線を行く人が、「出産しても仕事は続けて働く」の固定観念を最初に壊した人。あんなにイキイキと働いていたのに、育休後に復帰したと思ったら「子供が成長する時間を一緒に過ごすのもいいなと思って」と話して、スパッと職場を辞めていった。こんな風な考えもあるのねと思った記憶があり。もう10年くらい前の話。

今回、7-8年ぶり?に再会して、自分も公務員基準の安定職を辞して、独自路線を選択し、「子供の成長を楽しみたい」と思っているなぁと。あの時の私が見たら驚くよね(笑)

彼女は、私と近い育児方針を持っていました。「自立」「自尊心」を意識させてくれた子育て支援団体「勇気づけの子育て 陽だまりの会」に、彼女も出会っていたから。久しぶりの再会にもかかわらず、育児に関する話はとても共感できる内容でした。一方で、ほかのメンバーは目からうろこな感じでした。

実は、今回の同期会、一番近い同期からの連絡ではなく、独身満喫組の心遣いで、私は参加できました。フェイスブックで普段つぶやいている内容を読んでいてくれたから、きっと彼女と話が合うと気づいてくれたのだと思います。一番近い同期は、毎日目の前の仕事と育児でゆとりがなく、それ以外のことにまでエネルギーが回らない状態と言っていました。これがまさに、現代の悩めるワーキングマザーの姿。ガソリンをすべて目の前の仕事と育児に費やし、給油すらままならない状態。

私の場合、職業人として家庭人としてどうありたいかオットと一緒に向き合い、育児は親が協力してくれたから、ちょっとだけエネルギーをチャージでき、独自路線でいいのだぁと行動を起こせたのだと思います。自分はどうありたいのか?の心と向き合うことができたのだと思います。ガソリンと電気で動くハイブリットカーになれたのかもしれません。

そして、いろんな人との出会いも不可欠だったと思います。今までの道もこれからの道も、地図やカーナビに助けてもらい、道の駅やハイウェイオアシスに癒されながら、回り道や寄り道をして、楽しくドライブしていきたいです。

連休には、祖母に会いに行く家族旅行が待っています。楽しみだなぁ。




幼いころから母親にまちの薬局薬剤師になることを勧められ、ほかにやりたいことも見つからず、薬学部に進学しました。それでもなお母親に対する反抗心なのか、美しく輝く女性へのあこがれなのか、化粧品とか調香とか人の癒す仕事に魅力を感じていました。実際に就職しようと考えたときに、化粧品とか調香の求人情報は大学の掲示板にはないなと思いつつ、目に入った日赤病院の求人。倍率高いしダメもとで受けるかと就職試験を受けたら、なんと合格して、まさかの王道の薬剤師人生をスタートしました。で、その就職試験でおとなりの席に座っていた方が、オットです。

日赤病院では、幸か不幸かバリっと仕事中心の生活を送りました。母曰く、「学生時代の比にならないくらい勉強する姿しかみない」とのことでした。そんなお仕事に集中できる時代は5年程度しか続かず、母親が大病を患い1年近くにわたる入院生活。意図したわけではないけど、嫁に行く前に最適の試練となった家事と仕事の両立を経て、オットと結婚しました。

その後、出産退職、転職2回、さらに2回の出産と、ついにオットと一緒に薬局開業と続いていくのですが、話は長くなるので、今日はこのあたりで。

こうして、薬剤師という職業人であり、妻&3児の母という家庭人を手に入れました。自分たちで始めた薬局や子供を通じて地域の人たちとの繋がりのある地域人でもある。日々の暮らしで、たくさんのことを感じることができるのに、流されるのはもったいない。ということで、書き留めていくことにしました。職業人・家庭人・地域人としてはたらくを中心に、語っていきます。

どうぞよろしくお願いします。