過去に経験した疎外感、その意味づけを変えていきたい | 暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道

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3児の母になった私が、はたらく(職業人・家庭人・地域人など)を語ります。

過去に出来事に対する意味づけを変える。
そこから開かれると信じて、実践していきたいと思います。


我が家の日々の家事育児は私が中心で回っています。1日のうち、朝3時間、夜2時間半が私の使える家事育児時間。日課を書き出し、曜日別で習慣化して家事をこなし、隙間の時間に子供たちとお稽古の宿題やったり本を読んだり…


夫は日常業務以外の薬局の仕事に薬剤師会やPTA関連の仕事が多く、なかなか自宅に帰ってこれないのが現実です。


今の生活スタイルは自分達で選んだという自負があり、何とか踏んばり続けようと思っています。ただ、時々不安になることも…


先日、夫がPTAの仕事で学校へ出かけました。ちょうど次女の入学説明会で、PTA役員としてその場にお役があったので、普段は私が担うその仕事を夫に託し、私は薬局で働きました。


そして、帰宅後に私以外は全員母親が参加していたと聞きました。きっと他にも聞いたのだと思うのですが、私の印象に残ったことはこのことでした。


後日、夫は学校へ役員の仕事に出かけ、翌日もPTAバレーボールに出かけて行きました。


学校行事の内容も把握できず、小学校の保護者と顔をあわせる場は夫が中心。
私は習慣で決まっている仕事、家事、育児を担う、


私は雇われた家政婦さんですか?


何度もこの問いが込み上げてきて、悲しくなりました。


こういう時に思い出すのは、夫と一緒に働いていた職場の経験です。結婚したすぐ後だったと記憶しているのですが、「旦那に伝えておいたから、知ってるよな。」と言われたのですが、職場の新しく決まったルールやそれが決まった経緯がわからなかったのです。夫婦になったのだから、知ってて当然と思われているだろうが、私は知らない、それを知らないというのは夫婦の恥…と思ってしまいました。分かっているようなふりをしてその場を流していくのですが、何処となくチームより外された感があり、不安になりました。


朝、100分de名著アドラー『人生の意味の心理学』第1回目を観ました。


過去の出来事に意味づけしているのは自分。その意味づけ次第で、未来に向かって生き方を決めて実践していける。


そんなメッセージを受け取りました。
私は過去の疎外感をトラウマにするのではなく、夫婦二人三脚で生きていく、パートナーシップの試練だと思って、夫婦で対話する努力をしていうことを選んでいきたいと思いました。


私は、その場にいれなかったとしても、その場が想像し疑似体験ができる程度の情報共有を望んでいるのかもしれません。


夫も社会的役割を担いながら、毎日、懸命に生きていると思います。それをリスペクトしつつ…
私たちが2人で力を合わせて家計も育児も家事も、労働と気持ちをシェアして、日々を丁寧に暮らしていきたい。
それを実践する努力を重ねていきたい。


そんなことを思うのです。