神人さんから新しい神示が出ましたので、転載します。

 

情報が錯綜して真実系発信者が争いごとに巻き込まれています。

 

自分の中で腑に落ちたことが真実です。

 

そして霊的な審神者(見極め)が必要です。

 

それを伝えていない発信者は魔に魅入られてしまっています。

 

私のところにも「あの人の情報はどうなのか?」と問い合わせがたくさん来ます。

 

自分軸を保っていきましょう。

 

読みやすく改行しています。

 

 

【神人靈媒日記 2022.2.3】

〜続 大日月地神示/悪魔の仕組み〜

 

 あっちにふらりこっちにふらり、二股三股多いのう。それだけ、己が理解足らぬ者ということの証拠でありますなぁ。

 

ご都合主義で身を隠し、敵にも味方にも成り済まし、世渡り上手が誠の人の在り方と思い込んでおるようなれど、人に嫌われ恨まれる生き方じゃなぁ。

 

手の平返す者は、どこへ行っても信用得られん故、孤立するのぞ。因果じゃなぁ。

 

善じゃ悪じゃ、真か嘘かと申す前に、人としての義、仁、愛、みなみな改めて学ばねばならんぞ。

 

和とは、築いてゆくものじゃ。ただの仲良しこよしの集まりではないのぞ。

 

言いたいこと言わぬ仮面被りた者の集まりは、善の仮面被りた嘘つき集団ぞ。

 

己以外は皆異なるのじゃ。己とて現在以外は、過去も未来も異なるのじゃ。

 

故に異なるのが当たり前でありますぞ。違いを理解し付き合って参るが、築くことでありますぞ。

 

戦いではないぞ。理解し合うのみぞ。揉まれ揉まれて、良き茶は生まれるのぞ。

 

語らいなされ。出会いに感謝しなされ。違いを愉しみなされよ。縁ある者とは、そなたの学びの糧でありますぞ。

 

他、悪く申し、己、良く申すは幼児性の顕れじゃ。ちやほやされとうて泣いておる赤子と同じじゃなぁ。

 

時、場、状況、人、それぞれに対応出来るようになるが学びぞ。それ故、経験させておるのじゃ。個々に与えられた教育課程ありますのぞ。

 

 ここぞと思ったならば、腹に入れなされ。しっかり読み込み、身になされ。数こなすことではないぞ。取り違え致すでないぞ。

 

神示、身にするのじゃ。何度でも己に語り、導くのぞ。自己教育せねば癖は直せんのぞ。

 

癖、死んでも、生まれ変わりても、付いてまわるものでありますぞ。取り違い多いのう。

 

何、信じておるのじゃ。信じ込まされたのじゃ。靈人殿も間違いだらけでありますぞ。神人、悪く申すなよ。生きておる靈人ぞ。

 

死んで偉くは成りませぬわいのう。どの時代のどの国で生きたかで、嘘の擦り込み異なるなれど、思い込み取り違い致して、何をどのように何のために拝んでおりますのじゃ。

 

邪教は消えゆく定めと申しておるではないか。靈団とて、邪教靈団であれば泡の如く消えて過去の記憶の一つと化すのじゃ。

 

手放せよ。勇気、問われておりますぞ。所縁あるほどに愛おしくなりて、魔でも邪でも手放せぬわいのう。

 

魔が最後に仕込んだ巧妙な罠は、同情心に噛み付くことでありますぞ。

 

噛みつかれたら、毒廻りて泣いて手放せなくなるのぞ。苦しみもがきながら変わらぬ選択させられる、最後の最後のお試しじゃなぁ。

 

 魔は何処までも抜け目ないぞ。故に、神示腹に入れなされと、くどう申してきたのじゃ。

 

悪魔は地より立ち去ったのじゃが、悪魔の仕組み、中々よのう。人民、個々に植え付けられておる故、洗脳解けた者から神世の立て替え立て直しの御役に入られますぞ。

 

先に行く者、指導者として、皆を導きなされ。しっかり己の掃除洗濯、整理整頓終わらせなされよ。

 

成り済ましては、皆に笑われますぞ。でしゃばるなよ。礼節、大事になされよ。

 

頭、下げなされよ。感謝の言葉、伝えなされよ。一人一人に詫びなされよ。喜びに意を手向け笑いなされよ。皆様のために仕事なされよ。肉体、尊びなされよ。

 

うれしうれしじゃなぁ。あっぱれ、あっぱれ、神世の生き方へと参るのぞ。変わる変わる、変わるぞ。

 

2022.2.3 大祖大神御靈

 

 

 

【神人靈媒日記 2022.2.3】

〜続 大日月地神示/神世の仕組み〜

 

 心に根付いているもの、己の意思で手放さねば、堂々巡りとなるのじゃぞ。我は偉いと思い込めば、他を見下し悪く申す。自己顕示欲に弄ばれておるわいのぉ。

 

 魔の者らは、あの手この手と仕掛けておいて、自在に出入り出来るようにしておる故、人の中に成り済ましておるわいのぉ。

 

己なのか、魔なのか、見当取れんようになりておりたら、己の癖に同化しておると思いなされ。自己教育せねばならんのぞ。

 

幾ら神示読んでも、己の癖、己が認めて自己教育せねば、外れんのじゃぞ。

 

元を正さねば解決ならんのじゃ。神示、悪く申すなよ。読んでも変われんのは、己の癖、強いからじゃ。

 

心省みよ。そなた、その癖の所為でこれまで、他、悪く申し悪者に仕立て上げ、周囲から同情を買うよう被害妄想の主人公演じて来たのじゃが、守護靈殿、指導靈殿、近親靈の皆々様方、見守って来られたのでありますぞ。

 

可哀想じゃとみてくれておるは近親靈の方々じゃが、いつまでも嘘偽りで化粧致しても、必ず顔洗わねばならん時訪れるのぞ。

 

騙して愛されても、追々嫌われるぞ。相手は、そなたに騙されたと失望致す故、離れてゆくのじゃぞ。因果じゃなぁ。

 

何故、相手はそのように申したか、よくよく理由を考えてみなされよ。そなたの思いは、語らずとも既に伝わる人には伝わるものでありますぞ。

 

以心伝心。分からぬだろうと、高を括っておりては、いずれ見透かされ叱られる時、与えられるのじゃ。

 

どんなに泣き騒いでも、周囲を騙した事実は咎められるのぞ。見られてないようで見られておるのじゃ。

 

故に、恥ずかしないように生きねばならん道理じゃなぁ。

 

この世もあの世もみな同じぞ。逃げ隠れ出来ぬぞ。見られておるのじゃ。

 

必ず因果として顕れるお仕組みでありますぞ。

 

他に悪さするでないぞ。他をたぶらかすでないぞ。他を苦しめるでないぞ。

 

分からんと申せば、分かるように経験させて参るお仕組みじゃ。

 

御魂相応の学び、しっかりさせて参るのが神世の仕組みぞ。何事も因果明確となるのじゃぞ。

 

有耶無耶ないぞ。揉み消しないのじゃ。世の歪みの元、無くして参るのじゃから、神世に生きる民は理解深めなされよ。

 

新たなる世は、善の世でありますぞ。これまでのような偽りの善ではないぞ。

 

悪が成り済まして指導致す世は終りたのじゃ。

 

あべこべならん真世でありますから、酸いも甘いもみな理解せねばならん道、歩いて参るのぞ。

 

見て見ぬ振りならん学びじゃ。悪の所業を知りなされよ。

 

善の所業も知りなされよ。人は真善の道歩むが幸せでありますぞ。

 

人民が必要なものは、何でも与えられてゆくのじゃから、いつまでも駄々捏ねるでないぞ。真人となりなされよ。

 

ありがたいありがたい、ありがたいのう。あっぱれお仕組みじゃなぁ。

 

2022.2.3 大祖大神御靈申す